|
---|
No.277 |
<宇宙科学最前線>ISASニュース 2004.4 No.277 |
|
---|
|
宇宙科学の新たな展開
|
● | 無対流:地上では流体が加熱されると,密度差により流動(熱対流)が生じます。一方,微小重力下では,ろうそくの炎が丸くなる現象がよく知られているように,熱対流が生じません。 |
● | 無沈降・無浮力:微小重力下では,水と油の分離というような,物体の密度差による浮遊と沈降が生じません。 |
● | 無静水圧:地上では液体および固体中に自重によって応力(圧力)が発生しますが,微小重力下では自重では変形しなくなります。 |
● | 非接触浮遊:地上では,液体を保持するために容器が必要です。一方,微小重力環境では物体は中空を浮遊し,液体も容器を必要としません。 |
これらの効果を利用して,これまで材料科学,燃焼科学,流体科学,生命科学などの分野で,スペースシャトルなどにおいて宇宙実験が行われてきました。
● | コロイド実験などに利用される有機物の真球の製造(一時期,リファレンス用としても販売されていました)。 |
● | 粒子分散複合材料製造実験により,粒子分散機構および気泡による粒子凝集機構を解明しました。 |
● | 液体の相分離現象,鋳造材における等方的内部組織と外部組織の相違,重力偏析現象などは,密度差に起因する沈降・浮遊現象により引き起こされることが解明されました。 |
● | 拡散係数を高精度に測定し,その結果新たな温度依存性が見いだされ,原子・分子の液体拡散機構の解明へ貴重なデータを提供しました。 |
● | 燃焼分野では,拡散による酸素の供給,輻射(ふくしゃ)による熱損失が釣り合うことにより,“人魂(ひとだま)”のような球形火炎が存在することを示しました。 |
● | 結晶成長では,自重で変形することから地上では製造困難とされる,柔らかい材料の大型結晶製造に成功しました。 |
現在建設中のISSに日本の実験モジュール「きぼう」が設置されるのは2007年ごろ(2003年2月のスペースシャトル事故のため建設計画を検討中)で,そのときには数多くの宇宙実験が可能となります。それを目指しISSを利用する研究計画の立案および技術開発を進めています。ここでは,現在JAXAで進めている研究および具体的な成果の一部を紹介します。
|
均一組成In0.3Ga0.7As単結晶育成研究この研究では,これまで地上では成長困難だった均一組成結晶を得るための熱・物質輸送の制御法についてモデル化を行い,成長法として確立しました。また,In0.3Ga0.7As(インジウム・ガリウム・ヒ素)は,次世代光通信用半導体レーザーのウエハーとして期待されている半導体です。InGaAsをウエハーとして用いると,現在主流の都市間光通信用レーザーよりも高温(70℃以上)での出力劣化が小さく,冷却装置無しで安定に動作可能と考えられています。しかし,InAsとGaAsが混じり合っているため,ウエハー面内での均質性を実現することが難しい結晶でもあります。そのため,これまでは長さ約5mmで,あまり均質ではない結晶しか得られませんでした。これに対し,我々は均一組成を得るためのモデル化を行い,そのモデルに基づいて結晶成長を行いました。具体的には,InAsを帯状に溶融させ,さらに試料径を2mmと細くして,対流を抑制しながら熱・物質輸送を制御しました。これにより,35mm以上の長さにわたりInAs組成が0.30±0.01と極めて均質な単結晶育成に,世界で初めて成功しました(図1,図2)。現在,微小重力を利用して,直径1cm以上の半導体を育成する実験を計画・立案しています。同時に,地上でも5mm角程度の大きさであればウエハーの製造が可能であると考え,地上での結晶の大型化に取り組んでいます。成功すれば,微小重力環境利用の成果を社会へ還元する画期的な事例となります。
生体高分子結晶成長機構解明研究この研究では,先ほどの半導体結晶成長における巨視的なモデル化と異なり,科学的課題が多く存在する原子・分子レベルでの微視的結晶成長機構を調べています。モデル物質として蛋白質を用いていますが,これは巨大分子であるため観察が比較的容易であることに加え,我々にとって身近かつ重要な物質であるためです。例えば,生物は約10万種もの蛋白質を作っています。そして,これらの蛋白質の分子構造と機能を解明することにより,疾病の診断・治療法の開発,医薬品開発,食品開発などが可能となります。蛋白質分子の構造解明には,通常X線による結晶構造解析を行います。しかし,高精度に構造を決定するためには,高品質な蛋白質結晶が必要です。高品質結晶育成には,対流を抑制することが最も効果的と考えられ,諸外国の宇宙機関を含めてこれまで1万サンプル以上の宇宙実験が行われてきました。しかし,品質向上の比率は半分に満たず,高品質化のためのメカニズム解明が必要になってきました。前述の通り,蛋白質分子は一万から数十万程度の分子量であるため,分子レベルの観察が容易です。また,試料によっては一分子の観察も不可能ではありません。そのため,原子間力顕微鏡(AFM)を用いれば,蛋白質分子の成長界面への取り込みなどの微視的な挙動を観察可能と考えています。現在AFMを用いて,結晶表面観察やステップ前進速度計測などを行っています。また,界面濃度計測,結晶欠陥観察,X線による品質評価なども並行して行い,これらのデータを用いて,体系的なメカニズム解明を目指しています。これまでに得られた結果の一例として,不純物の取り込みによる結晶表面の荒れを図3に示します。
|
|
非接触浮遊技術を適用した科学的探究微小重力下では,材料を無容器で浮遊状態に保持することができます。この性質を利用すると,材料を溶融状態から,その材料が本来凝固すべき温度(融点)以下にまで冷却しても凝固しない状態(過冷却状態)を実現しやすくなります。そして,材料を過冷却状態から凝固させると,アモルファスに代表される準安定相と呼ばれる状態の物質が得られる場合があります。一般に,材料の特性を決定しているのは,材料の原子配列と組織です。従って,準安定的な原子配列や組織を持つ材料は,新しい特性を示す可能性があります。今後,レーザー用材料や磁性材料などとしての新たな準安定材料開発が期待されます。また,無容器技術を用いれば,反応性の高い物質の溶融状態の物性値を計測することができます。ここでは,ISSの次世代実験装置として期待されている静電浮遊炉(静電場を利用して試料を空間に位置制御する装置)の研究開発状況および本装置による科学的成果のいくつかを述べることにします。
高精度熱物性値計測研究静電浮遊炉は,小さな試料であれば地上でも浮遊させることができます。このため,現在地上用の静電浮遊炉の研究開発を進めています。現在,3000℃程度までの液体状態の物質の粘性係数,表面張力,密度,比熱の温度依存性の測定が可能です。図4は,2500℃程度の融点を持つ金属(ニオブ)の世界初の粘性係数測定結果です。この材料は反応性が高く,これまでは物性値測定が困難でした。さらに,融点よりも500℃低い温度までの物性値も計測しました。このような大きな過冷却状態は,容器を用いる方法では達成不可能です。地上では試料の大きさが限定され,かつ重力により試料形状が真球からずれているため,物性値に誤差が生じます。このため,微小重力下での高精度物性値計測が期待されます。
非線形流体力学研究浮遊液滴が回転や外力などにより大きく変形するようになると,外力と変形量の間に比例関係が成立しなくなり(微小な変形であれば比例関係が成立します),非線形性と呼ばれる複雑な効果を考えなければなりません。図5に,先に述べた浮遊技術を用いて,直径2mmほどの液滴を浮遊させながら大きく変形させた結果を示します。このような実験や理論的検討により,表面や内部の流れなどに対する非線形効果を明らかにする研究を現在行っています。微小重力下では大型液滴の浮遊が可能となることから,精度の良い実験ができます。また,この研究は,現在盛んになりつつある界面流体力学の発展に貢献するとともに,先に述べた熱物性計測における高精度化への貢献が期待されます。
大過冷却からの凝固による新機能材料創製研究準安定な物質はしばしば新しい機能を発揮することから,大過冷却からの凝固による新たな機能材料の創製を目指した研究を進めています。このため,超音波あるいはガスにより溶融試料を浮遊させる技術を開発しました。図6に,超音波によって浮遊させる装置の写真を示します。この装置を用いて,従来に比べて10万倍程度高速に酸化物超伝導物質を成長させることに成功しました。また,比誘電率が10万程度の極めて高い値を有する材料の創製に成功しました。現在,この新機能出現のメカニズム解明に取り組んでいます。ガス浮遊では,2mmほどの真球に近い単結晶の製造に成功しました。これは,光ファイバーの接続部品などに利用される球面レンズとしての応用が期待されます。地上での過冷凝固を利用した新機能創製の機構解明を基に重力依存性を明確にし,大型試料製造が可能な微小重力下での実験計画への発展を図っていきたいと考えています。
今回はJAXAで行っている物質科学分野の一部の研究しか紹介できませんでした。今回紹介した研究以外に,生命科学,燃焼科学,基礎科学分野などの多くの研究がJAXAで行われています。 (よだ・しんいち) |
|
---|