No.253
2002.4

<研究紹介>   ISASニュース 2002.4 No.253

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宇宙機の熱設計

宇宙科学研究所 小 川 博 之  



1.はじめに

 私はこの4月で宇宙研に赴任して4年になります。元々は数値流体力学が専門で,今も研究を行っていますが,その他にもこの4年間にはいろんな仕事をさせていただきました。その中の一つに宇宙機の熱設計があります。今回は宇宙機の熱設計についての一般的な話を書こうと思います。



2.熱設計の目的

 宇宙機に搭載される機器には,ミッション期間中正常に機能するために必要な「温度範囲」があります。例えば,一般に電子機器は作動温度が高温になると寿命が短くなりますし,バッテリは低温すぎても高温すぎても寿命が短くなります。光学センサなど,高温になると所定の性能を発揮しない機器もあります。宇宙機熱設計の目的は,打ち上げからミッション終了まで,各機器の温度を所定の温度範囲内に保つことです。



3.宇宙機の熱環境

 地上では,宇宙機とその搭載機器の温度は周囲の空気の温度に支配されており,環境温度の制御も容易な為,通常「熱設計上」問題となることはありません。

 宇宙機の打ち上げ時には,空気との摩擦および太陽光によって加熱されたフェアリングからの輻射伝熱とフェアリング内部の対流伝熱によって宇宙機が加熱されます。フェアリング開頭後は,空力加熱と太陽光直射,後に述べる地球アルベドと地球赤外輻射により,宇宙機は直接加熱される他,-270℃の宇宙空間への輻射伝熱により冷却されることになります。場合によっては,キックモータや最上段モータのプルームによる輻射加熱やモータケースからの熱伝導による加熱を受けることもあります。




 宇宙空間軌道上の宇宙機は,図1に示すように
(1)太陽光直射,
(2)惑星アルベド,
(3)惑星赤外輻射
による熱入力を受けます。太陽光直射の熱流束は,太陽から1天文単位の距離において約1.37kW/m2です。惑星アルベドは太陽光が惑星で反射される割合で,惑星表面の状態によって異なりますが(地球の場合ですと,海,森林,雪氷,雲などによって異なります),熱設計解析では通常は平均値を用います。例えば地球は0.3,水星は0.06です。惑星赤外輻射はその名の通り惑星からの輻射ですが,熱設計解析では簡単の為,惑星を平均温度(地球は254K)の黒体と仮定して計算を行います。ただし水星および地球の月は,大気が無く自転周期が長い為,惑星(衛星)を1温度と仮定することができないので注意が必要です。

 宇宙機からの熱出力は,-270℃の宇宙空間へ輻射伝熱によりなされます。

 宇宙空間軌道上における熱入力,および宇宙空間への輻射熱伝達係数は,太陽と地球,宇宙機の位置関係で決まります。これらはTRASYSNEVADARADCADESARAD等の市販のプログラムで計算できます。それぞれ一長一短がある為,私はTRASYSRADCADを使用しています。

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4.αとε

 宇宙機全体の温度レベルは,図1に示すように,宇宙機が発生する熱,外部環境から受ける熱,および宇宙機から宇宙空間へ輻射で排出する熱のバランスで決まります。したがって熱設計においては,外部環境から受ける熱と宇宙空間へ排出する熱のマネジメントが重要なポイントです。




 図2は太陽光スペクトルと室温の黒体輻射スペクトルを示したものです。それぞれのスペクトルが異なった波長領域に現れています。このことを利用すると,外部環境から受ける熱と宇宙空間へ排出する熱の比率を変化させることができます。例えば,図2において破線で示されているのは放熱面によく使われる鏡(OSR=OpticalSolarReflector)の光学特性ですが,太陽光の波長領域では吸収率が低く,室温の波長領域で吸収率が高いことが分かります。キルヒホッフの法則により,ある波長における輻射率と吸収率は等しいですから,OSRは太陽光をよく反射し(吸収しない=反射する),室温の波長の赤外線をよく輻射する光学特性であることが分かります。宇宙機の熱設計では,太陽光の波長領域における吸収率をα,宇宙機の温度の波長領域における輻射率をεと呼んでいます。表1に代表的な物質のαεを示します。これらの物質を組み合わせることにより,宇宙機の熱の入出力を制御することができるわけです。

表1:代表的な太陽光吸収率αと赤外輻射率ε

 表面物質  α  ε 
 OSR   0.07    0.79  
 白色塗料   0.17    0.92  
 黒色塗料   0.95    0.87  
 アルミ蒸着面   0.12    0.03  



5.MLI

 人工衛星表面に張られている金色の面,そのほとんどが多層断熱材MLI(Multi - LayerInsulation)の表面です。MLIは機器と宇宙空間,あるいは機器間の輻射熱結合を小さくするために用います。MLIはアルミ蒸着フィルムとプラスチック製メッシュを交互に10層ほど積層したものです。輻射率の小さいアルミ面を,フィルム間の熱伝導をなるたけ小さくしながら重ねることにより,断熱効果を著しく高めることができます。MLIの断熱性能は,理論的にはフィルム枚数に比例しますが,現実にはメッシュなどを通しての熱伝導があるために,ある枚数以上では熱伝導が支配的になり,それ以上枚数を増やしても断熱性能は上がりません。

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6.熱伝導材料

 宇宙機内部の温度は,輻射伝熱と熱伝導によって支配されます。輻射は上述のように表面特性やMLIによって制御できます。熱伝導による熱の流れは適切な熱伝導率をもつ材料を使用することにより制御できます。熱伝導率の大きい材料にはアルミ・銅など,熱伝導率の小さい材料にはGFRP,高分子材料などがあります。



7.ヒータによる温度補償

 これまでに述べた表面材料,MLI,熱伝導材料による熱制御方法だけでは,宇宙機の温度が外部からの熱入力と内部発熱量によって一意に決まってしまいますから,例えば,日陰に入る,消費電力が変化する,太陽光強度が変化する,表面特性が劣化するなどの熱的変動に対応できないことがよくあります。その場合には,通常は機器の温度上限を超えないように熱設計しておき,温度下限を超えないように電気ヒータで保温することで対処します。



8.熱解析

宇宙機の熱設計では,宇宙機を構成している部品や要素,構体の各部分に適当な数の節点を配置し,それらを結ぶ熱流路を考えてその伝熱コンダクタンスを定め,宇宙機に加わる,および宇宙空間に流出する熱流を対応する節点に配分して熱回路網を作って,熱解析を行います。各節点は固有の熱容量をもちます。伝熱コンダクタンスには
(1)輻射コンダクタンス,
(2)接触コンダクタンス,
(3)熱伝導コンダクタンス
があります。
(1)TRASYSなどで計算でき,
(3)は手計算で求めることができます。
(2)は経験則で予測しますが,精度がよくない為,試験で確認する必要があります。

 作成された熱回路網は市販のプログラムで解析します。SINDAESATANなどがありますが,私はSINDAを使用しています。



9.熱設計の例:水星探査機

 宇宙機の軌道,姿勢条件,機器の消費電力,機器の温度条件,機器の搭載場所が示されると,これらの要求条件を用いて熱数学モデルを作成し,光学特性や熱伝導材料を変えて,解析検討を要求条件が満たす最適な熱制御方式を決定するまで行います。ここが熱屋の腕の見せ所の一つです。




 図3は現在進めている水星探査機の熱設計の結果です。地球近傍の11倍もの太陽光熱入力がある厳しい熱環境においても,熱解析の結果では搭載機器温度は-20〜+63℃に保たれています。

 現状は熱設計の基本的構想が固まった段階ですが,これから探査機システム設計の進行とともに詳細な検討を行っていきます。

(了)
(おがわ・ひろゆき) 


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