No.253
2002.4

ISASニュース 2002.4 No.253

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第30回

月震計の開発

名古屋大学大学院理学研究科 山 田 功 夫  

 月に起こる地震(月震)の観測は1969年アメリカのアポロ計画により始まった。約7年間の観測から月震活動はごく低く,その活動の消長は月に及ぼす地球や太陽の引力が影響していることが分かった。また,月内部を通過する地震波の解析から,月内部の弾性的性質の研究が進んだ。しかし,これらの観測は月の表側についてのみであり,月の裏側での観測はない。

 LUNAR-A月探査計画では主に月の裏側での観測を行う計画である。この計画ではカプセルに収められた月震観測システム等を月を回る衛星から放り投げ,月面に観測点を設置することになっている。この時,カプセルは250m/s以上の速度で月面に衝突し,1mほど潜る。月面での日中は200℃以上,夜は-100℃以下と温度変化が大きく,観測機器を正常に保つことが難しい。月面から1m潜り込んだ観測機器は1℃以内の変動におさまる。問題は月面に落ちたときの衝撃である。この衝撃は新幹線の正面衝突に匹敵し,一万G(地球重力の一万倍)に達すると推定される。全ての観測機器はこの衝撃に絶えねばならない。一方,月震活動は地震活動に比べ低く,短い観測期間(LUNAR-Aでは約1年)で多くの記録を得るには,より高感度の観測システムが要求される。当然のことながら,小型軽量で省電力なものでなければならない。

 小型軽量で超高感度,一万Gの衝撃に絶えられる月震計観測システムの開発は15年ほど前に始まった。数々の実験から,電子機器など全ての機器は隙間を樹脂などで充填し,固めることで一万Gの衝撃にも絶えられることが分かった。ところが,地震計には振子が使われているように,振動の測定には振子が必要であり,ここには動く部分が残る。しかし,微小地震の振幅は1μm以下と小さく,振子の動きもこの程度で十分である。製作,調整の過程を考慮し,動きを0.5mm以下に押さえることで耐衝撃性を確保することができた。これら開発された月震計や電子機器は,秋田県能代市の宇宙科学研究所能代実験場に大砲のような射出装置を設置し,カプセルに詰め込んだ観測機器を月面に見立てた砂箱に打ち込み,その耐衝撃性を確める試験が繰り返し行われた。

 遠方に起こった地震を効率よく観測するには月震計の振子の周期を長周期化し,その動きを効率よく電気信号に変換する仕組みが必要である。振子の周期はそのサイズで決まるが,その動きに磁石の反発力(吸引力)を付加することによって,特性は非線形となるが,微小な動きに対して周期の長い振子として振る舞う。現在では,電気回路などを利用した振子の長周期化も実用化されているが,LUNAR-Aでは省電力化という点で磁石を使った方法が採用された。その結果,本来の周期が約2.5Hzの振子を1.2Hzの振子として使用することができるようになった。一方,振子の動きを電気信号に変換する方法にもいろいろあるが,磁場の中で,コイルをおもりとした振子が動く方法が機構も簡単で省電力である。この方法で,動きを効率よく電気信号に変換するには,強い磁石と巻き数の多いコイルが必要となる。コイルの巻き数は,そのサイズや重量が制限されているなかで,より細い導線を使う必要がある。これまで,センチメートルサイズのコイルでは60μmの導線を巻くのが限度であったが,腕時計など超小型コイルを制作する技術を導入し,直径2cm,長さ1cmのコイルボビンに20μmの線を15,000回以上(長さ2kmの導線)を巻く手順が開発された。また,永久磁石には保持力の強いNd-Co系磁石が採用された。この磁石は従来の地震計やスピーカーに使われているアルニコ系磁石に比べ,体積あたりの保磁力は5倍以上である。こうして1万の耐衝撃性を持ち,超高感度で小型軽量の月震計が開発された。写真は開発された月震計とよく使われる1Hzの地震計である。開発された月震計の重さは300gであるのに対し,1Hzの地震計は2.2kgと約1/7の重さである。

(やまだ・いさお) 


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