No.249
2001.12

<研究紹介>   ISASニュース 2001.12 No.249

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用語解説
表面電離型質量分析計(TIMS)

サンプルリターンに向けた
    地球化学的総合分析システムの確立を目指して

岡山大学固体地球研究センター 中 村 栄 三  



1.はじめに

 それは,1987年秋のことです。日本の地球・宇宙科学の将来についての会議が名古屋大学で開かれ,どういうわけか,助手になりたての私もそのメンバーに選ばれていました。そこで問題になったのが,将来日本が独自に地球外の天体からサンプルリターンを行ったときに,持ち帰った試料を日本の能力で分析することができるのだろうかということでした。宇宙研・水谷仁先生のこの問題提起に対して,私が言った次の言葉がここで御紹介します事の始まりとなりました。すなわち,「僕が三朝(鳥取県の温泉町)でやります」と。

 隕石や地球を構成する岩石は様々な鉱物の集合体であり,現在それらにみられる組織や化学組成は,私たちが手にするまでに被った幾つかの事件,すなわち溶融をはじめ変成,変質,混合等によってもたらされたものです。そこで注意をすべき重要な問題は,これらの事件がその岩石における非常に長い歴史(それが隕石なら多くの場合約45億年の歴史)の中で起こっており,手のひらに乗るような岩石でも歴史に応じて幾つかの事件が重ね刷りされてしまっているということです。幸いにも,固体・液体・気体に対する元素の分配はおかれた環境によって元素ごとに異なるため,個々の事件による元素および同位体の再分配とその結果生じるそれらの分布は個々の事件の特徴を間接的に反映することになります。したがって,できるだけ多くの元素と同位体の分析をなるべく小さな構成単位で行うことができれば,個々の事件の起きた時代とそれぞれのプロセスを明らかにすることができ,鉱物や岩石の歴史と起源をより正確に理解できるようになります。

 しかしながら,私が外国の研究機関から帰国して助手に着任した当時の日本の状態は想像していた以上に惨憺たるものでした。着任先の岡山大学地球内部研究センター(当時)には表面電離型質量分析計(TIMS)が一台備わっていたものの,赤字暮らしの貧乏センターで千円の消耗品を買うにも熟慮しなければならない状況でした。こうした条件の中で,まず,実験環境を整えることから始めました。たとえば,普通の実験室を簡易クリーンルームに改良するために,薬品用の段ボール箱を使ってダクトを作ったり,イオン交換用のカラムとして,一本10円のポリエチレン製のピペットを改造したものを用いたりもしました。こんな状態が5年間ほど続きましたが,創意工夫によって何とか実用に耐えうる実験環境を作る事が出来ました。このような経験から,図1に示す総合的な地球化学的分析システムの構想が生まれたのでした。

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用語解説
相分析


誘導結合プラズマ型質量分析器


2.地球化学的総合分析システムの概要


図1.地球化学的総合分析システムの概念図

 図1に示すように私たちの研究対象とする試料は,

1)地球表層に分布する岩石,
2)希少な隕石,
3)高温高圧実験で得られる極微小の試料,
4)小惑星や火星からサンプルリターンされる試料

等です。これらの試料は分析法に応じて,研磨処理と化学処理の二つの異なった処理がなされます。前者では,研磨処理により薄片を作成し,光学的な観察をはじめ,レーザーやイオン,電子等のビームによる組織および相分析,さらに微小領域での主要・微量元素と同位体の分析等が行われます。後者では,前者の過程で得られた鉱物学的・化学的情報を基に,特定の鉱物の分離や全岩分析用の粉末試料の作成が行われた後,クリーンルーム内で化学処理が施され,TIMSICP-MS(誘導結合プラズマ型質量分析器)を用いて各種同位体による年代測定と主要・微量元素や同位体の分析が行われます。ビームを用いた分析は,多くの場合,既知の標準試料との比較分析により行われ,標準試料と分析される試料との間の物理化学的性質が近いほどより信頼度の高い分析結果を得ることができます。上述のシステムでは,TIMSICP-MSを用いて目的に応じた高精度の同位体及び微量元素分析用標準試料を独自に作成できるため,ビーム分析を行う上で大きな強みになっています。

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3.Misasa-typeクリーンルーム


図2.二つの異なるAF型クリーンルームシステム

 前述の化学処理は,実験環境から試料への汚染を抑えるためにクリーンルーム内で行われなければなりません。クリーンルームは一般に空気循環型とオールフレッシュ(AF)型の二つの方式があります。前者は,空調機とフィルターユニットに加え,室内を陽圧に保つ装置があれば簡単に作ることができます。しかし,この方式は酸を用いた化学分析を行う用途には適していません。なぜなら酸を含んだ空気が循環し,空調機と空気清浄フィルターが酸で腐食してしまうからです。一方1960年代にカリフォルニア工科大学で開発されたAF型Caltech-type(図2a)クリーンルームは世界的に普及しています。しかし,この方法では作業スペースでの空気清浄度はその室内における最高清浄度に達することはありません。私たちは,こうした問題を解決するために,新しくAF型のクリーンベンチ(Misasa-type図2b)を開発し,清浄度クラス10以下の作業スペースを得ることができました。Misasa-typeでは,空調機からでた空気がフィルターユニットを経て作業ベンチの前面から層流として流れます。したがって,人体や室内からの汚染はほとんどありません。また80〜200℃で行われる試料の酸分解過程での蒸発乾固は,クリーンルーム内に設置された新設計のクリーンエバポレータを用いるために,室内温度は乱されず,また室内が酸で汚染されることもありません(図3)。


図3.クリーンベンチでの作業風景 クリーンエバポレータが奥に見える

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用語解説
SEM-EDX
汎用SIMS
高質量分解能(HR)SIMS

ジルコン


4.分析機器の構成


図4.実験室の配置と分析機器の構成

 図4に装置類や実験室の配置を示しました。化学的処理後の試料への汚染を最小限にするため,二階のAF型と循環型からなる約400m2のクリーンルーム内にはInuSaruKijiTaro4台TIMSが設置してあり,それぞれU-Th-RaRe-OsLi-B-PbRb-Sr-La-Ce-Sm-Nd同位体測定を行っています。さらに,同クリーンルーム内には四重極型ICP-MSとセクター型ICP-MSも導入されており,約50元素の定量分析を可能にしています(図5)。


図5.分析可能な元素リスト(2001年11月現在)
  黄色の背景が定量分析 赤文字が同位体分析

 一階には,主にビームを用いた分析装置,SEM-EDX(エネルギー分散型X線分析器つき走査型電子顕微鏡),汎用SIMS(2次イオン質量分析器)および高質量分解能(HR)SIMSが配置され,微小領域における主要・微量元素の定量分析とLi-B-O-Pb同位体分析やU-Pb法によるジルコンの年代測定を行います。

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用語解説
コンドリュール























用語解説
ザガミ隕石


アイソクロン



5.分析能力の現状

 残念ながら私たちが三朝で作り上げてきた分析技術とその能力を具体的に説明することは紙幅の都合上困難ですので,詳細は私たちのホームページ(http://pmlgw.misasa.okayama-u.ac.jp/)を閲覧していただければ幸いです。ここではその一例として「MUSES-C小惑星回収試料初期分析研究者選考」のために行われた分析コンクールの結果について簡単に紹介します。宇宙研から課題として送られてきた100mgの隕石粉末試料から,私たちはICP-MSを用いて55元素の定量分析と,イオン交換法による連続的な元素分離とTIMSによってLiBRb-SrSm-NdRe-OsPb同位体の精密分析を行うことができました。さらに,与えられた課題とは別に,私たちの分析能力を強調するため,隕石から取り出した1〜7mgコンドリュール一粒ごとの分析を行いました。まずコンドリュール一粒をダイシングソーにより三枚におろします(図6)。厚さ50μmの中央部をプレパラートに貼り付けて琢磨薄片とし,光学顕微鏡,SEM-EDXと汎用SIMSを用いて組織解析,相解析および構成鉱物の主要・微量元素分析(約30元素)を行いました。一方,残った上下の2片はそれぞれ化学的に処理され,ICP-MSにより約40元素の定量分析とTIMSによりRb-SrSm-Nd同位体分析を行うことができました。このような微少量の試料を用いた総合的な地球化学的分析は世界で初めての試みです。


図6.コンドリュール一粒の分析

 また,近い将来の火星からサンプルリターンされる試料が火星起源のザガミ隕石と仮定すると,現時点での私たちの技術では,200mgの岩石片があれば,上述の分析に加え,鉱物分離を伴うRb-SrSm-Nd鉱物アイソクロン年代測定も十分に行うことができます。1970年代の月の石の分析では,1〜数gの試料が異なる分析ごとに用いられていましたので,当時これだけの情報を取り出すには100g以上の試料が必要であったと考えられます。また当時に比べ,2桁近く同位体分析の精度を向上させた点も私たちの大きな進歩といえるでしょう。



6.MUSES-Cによるサンプルリターン計画について

 宇宙研で行われたMUSES-Cのサンプリング予備実験では,回収できるサンプル量は2g以下でしかも粉末状であると推定されています。したがって,従来のように異なる分析ごとに試料を与え,限られた目的だけに試料が消費されることは許されません。同一試料に対して,私たちと鉱物学や有機化学等の研究者が協力して分析を行える体制を整え,さらに分析技術の向上を図ることができれば,2007年に回収されるMUSES-Cによる試料だけでなく,今後の惑星探査や地球・宇宙科学の発展に私たちは大きく貢献できるものと確信します。

 「水谷先生,14年前の先生との約束事はほぼ実現できたと思いますが,如何でしょうか。更に努力を重ね,地球を含む太陽系の起源と進化の理解に深く貢献できるよう頑張ります。」

(なかむら・えいぞう) 


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