No.249
2001.12

ISASニュース 2001.12 No.249

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第27回

小惑星を見る近赤外線分光器

安 部 正 真  

 2002年末に打ち上げ予定の小惑星探計画MUSES-Cの探査機には,科学観測機器のひとつとして近赤外線分光器(NIRS)が搭載されている。今回はこの分光器の紹介を中心に小惑星の可視近赤外線分光観測についての話をする。

 小惑星は太陽の周りを回っている惑星よりずっと小さな天体で,主に火星と木星の軌道の間に多く分布している。その数は現在発見されているものだけで数万個もある。最近では,その存在範囲は地球軌道より内側から冥王星軌道以遠にまでひろがり,太陽系のさまざまな場所に小さな天体が存在していることがわかっている。

 小惑星は惑星と違って小さなサイズのため,形成時の熱エネルギーやその後の放射壊変熱で天体内部が熱的に進化する程度が小さく,太陽系形成時の物質情報などを残していると考えられている。

 小惑星についてはこれまで地上の観測によってのみその素性が議論され,主に地球から観測可能な可視近赤外域(0.3-2.5μm)の波長域での分光観測によって,表面に存在する鉱物種などの推定を行ってきた。この波長域では小惑星の表面における太陽光の反射成分を観測することになるが,表面物質の違いが反射スペクトルの違いとなって観測されるのである。

 これまでの観測によって,そのスペクトルのタイプがいくつかに分類され,そのタイプの存在度は太陽からの距離によって異なっていることが分かっている。これは小惑星が形成時からそれほど太陽からの距離を変化させていないことをうかがわせると同時に,これらのスペクトルタイプのそれぞれがどのような物質および鉱物で形成されているのかがわかると太陽系形成時の物質分布などを解き明かすことができるとという可能性を示唆している。

 一方,地球上では多くの隕石が発見され,物質科学的に詳細に研究され,また分類されている。しかし,隕石は小惑星と同じ物質からできていると考えられてはいるものの,それぞれがどのタイプの小惑星に対応するのかについてはまだ決着がついていない。 MUSES-C計画では,小惑星のひとつの1998SF36という小惑星に探査機を送り込み,その表面のかけら(サンプル)を採取して地球に持ち帰る計画である。1998SF36のスペクトルタイプはSタイプというグループに属すことが分かっている。このSタイプの小惑星がどのような物質でできているのか,また対応する隕石はどのようなものなのかをあきらかにすることがこの計画の主な科学目標である。

 MUSES-Cに搭載される近赤外線分光器(NIRS)は小惑星表面上を空間的に分解して観測し,サンプルの採取地点が鉱物種的に小惑星表面上の代表的な点であるのか,また地上観測で得られているスペクトルと比較してどの程度違っているのかをしらべる目的を担っている。

 観測波長域は,Sタイプなどの小惑星に多く見られる珪酸塩鉱物の鉱物種を区別するのに重要な1μm2μmに存在する吸収バンドが観測できるように,0.85μm〜2.1μm程度に設定してある。

 MUSES-Cでは他の惑星探査ミッションと同様に搭載機器に対する軽量化要求が強く,NIRSもセンサ部のみで約1.5kgである。NASAの小惑星探査ミッションのNEARに搭載された近赤外線分光器は観測波長域がNIRSよりも広いという違いや電源回路部やデータ処理部も一緒になっているなどの違いはあるが,それを差し引いても約3分の1の重量である。

 惑星探査機に搭載する分光器は,固体惑星表面の観測の場合,天文観測のそれとはかなり目指す性能が異なっている。過去のこのシリーズの中にもさまざまな天文観測に用いる赤外線分光器および検出器の話が掲載されているが,みなそれぞれの観測波長での最高の感度や波長分解能を目指しているものが多い。それに対して,固体惑星表面観測の分光器の場合,よほど太陽から遠い場所にある天体に行かない限りは太陽反射光の観測であるので光量は比較的余裕がある。またローバーなどに搭載される場合は測定対象がすぐそばにあるので自分で光源を持っていけばさらに感度はいらなくなる。また大気分子の吸収バンドや原子の輝線と違い,鉱物に特有な吸収バンドは幅の広いものが多いため,そのような観測を目的とするのであれば,波長分解能も比較的広くとることが可能である。

 このような観点から設計される分光器は,検出器に常温または電子冷却程度で実現可能な低温で感度を持つInGaAsなどの半導体を用いることで検出器部を小さくすることができ,また光学系も小さくすることができるため,結果として小型軽量な分光器になっている。

 将来の固体惑星ミッションではNIRSをさらに軽量化した近赤外線分光器を搭載することが可能になるだろう。マイクロマシンの技術などを応用して,マイクロローバーなどにも超小型化の近赤外線分光器を載せたいと考えている。

(あべ・まさなお) 


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