No.245
2001.8

ISASニュース 2001.8 No.245

- Home page
- No.245 目次
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 宇宙を探る
+ 東奔西走
- 微小重力科学あれこれ
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

アルメニア見聞録

上 田 佳 宏  

 天文学に携わる人間なら,マルカリアン(Markarian)銀河の名は必ず耳にしたことがあるに違いない。その名の由来となるマルカリアン博士が,アルメニア共和国・ビュラカン天文台にあるシュミット望遠鏡を用いて作成した活動銀河のカタログはあまりにも有名である。アルメニアの人々にとってマルカリアンは国民的英雄であり,通貨の100ドラム紙幣には彼の肖像画とビュラカン天文台の絵が描かれているほどである。

 活動銀河サーベイをテーマとした第184回国際天文学連合(IAU)コロキウムは2001年6月,この「由緒正しい」アルメニア・ビュラカン天文台において行なわれた。コロキウムには,日本からの参加者4人を含む十数か国から総勢50人あまりが参加し,電波,赤外,可視,X線にわたる多波長サーベイの最新の観測結果が発表され,活発な議論が行なわれた(とりわけ,天文台長のカチキアン氏はしばしば勝気な質問で発表者を困らせたので,我々は「勝気庵」先生と呼んだ)。私と共同研究者は「あすか」衛星によるX線サーベイの結果を発表したが,「はるか」の研究成果を発表する予定だった日本人研究者の方が,事情により直前になって参加できなくなったことは残念である。現在ビュラカン天文台は口径2.6mの光学望遠鏡を有しており,これを使って「あすか」のX線天体の光学追究観測を行なう可能性を尋ねてみたが,いろいろ問題があって断念せざるを得ないようであった。

 アルメニア共和国はカスピ海と黒海のちょうど中間に位置する内陸国であり,旧ソ連に属していた。アルメニアはキリスト教を国教に採用した世界最初の国としても有名で,今年はその1700周年にあたる。2度ほど教会の中を見学する機会があったが,人々はたいへん信仰深く,装飾品の少ないシンプルな建築様式の教会で行なわれる儀式は,音楽と密着した,男女の聖職者のコーラスが織りなす芸術であり,さすがに名指揮者カラヤンを輩出した国だと妙に納得したものである。

 到着した日,少し時間があったので町を歩いていると,ハムレットと名乗る英語教師が親しげに話しかけてきた。場所がイタリアだったら客引きに違いないと思って無視するところだが,彼は本当に親切で陽気な,おそらく典型的なアルメニア人で,町を案内しながらこの国の,多民族の支配を長くうけた複雑な歴史を解説してくれた。共産主義崩壊前後の人々の暮らしの変化もいろいろと聞くことができた。興味をもってさらにこの国の歴史を学ぶうちに,ウラルト王国,ササン朝ペルシアなど,無味乾燥な暗記科目でしかなかった世界史の知識がオトギ話ではなかったことを知り,想像しただけでワクワクしてきたものだ。また,日本と聞いてとっさにヒロシマ・ナガサキという言葉が,彼を含めて滞在中計3人のアルメニア人の口から出てきたのはちょっと意外だった。

 滞在中は,ホテルのバスルームにある蛍光灯がショートして燃え始めるなどちょっとしたトラブルも経験したが,人々は皆非常に親切で,とりわけコロキウム主催者側の参加者一人一人に対する気の使い方と歓待ぶりには,我々の主催する会議ではとてもここまで真似できないと頭が下がった。日常品の物価は東京の1/5くらいの感覚である。「資本主義的」製品(白いトイレットペーパーなど)が多少不足していること,昼間ホテルで水道が出ないことを除けば,過ごしやすい国であったと言える。ぶらりと入った高級ホテルの中でガードマンが達者な日本語で「オ手伝イシマショカ?」と話しかけてきたこともあったが,この国で東洋人は大変めずらしいらしく,とりわけ好奇心の抑えの利かぬ子供たちにはいつもジロジロと観察されるし(その場合こちらも負けずに観察して子供なのになんて彫りの深い顔だと感心),時には写真をとらせてくれと頼まれたこともあった。アルメニア語はおろかロシア語も全くわからない私は言葉がほとんど通じなかったものの,身ぶり,手ぶり,絵談を使って大抵は切り抜け,本当に困ったときはうまい具合に英語のわかる人が現れて助けてくれたりもしたので,今後どんなに言葉の通じない国にいってもなんとか生きていけるのではないかと変な自信を持つに至った。

 国際会議に参加することは学術的交流を図る上で有用なのはもちろんだが,世界における日本の歴史・文化の独自性や,その経済・学問的立場を客観的に見つめる機会をも与えてくれる。将来,宇宙研キャンパスを千円札の裏に刷りこむためには,世界貢献という視野で,目指す科学の価値を考えることも必要なのかもしれない。

(うえだ・よしひろ) 



#
目次
#
微小重力科学あれこれ
#
Home page

ISASニュース No.245 (無断転載不可)