この計測器の開発は今から10年くらい前の鶴田先生との以下の会話から始まりました。(何分にも怪しい記憶を元に書いていますので,会話の細かい所は違っているかもしれませんが,ご容赦を。)
鶴田先生(以降鶴)「うーん,くやしいな。」
私「どうしたんですか?」
鶴「いやね,いまPLANET-Bに搭載する機器の選定を行っているんだけどね。中性ガスの質量分析器は絶対必要だと思うんだよ。だけどね,日本には搭載用の中性ガス質量分析器を開発できるグループが無いんだ。おまけに搭載用の質量分析器は基本的に70年代から進歩していないんだよ。」
この後数ヶ月(?)して,
鶴「こういう方法で質量分析をすれば現在の分析器の大きな問題点が解消されると思うんだけどどう思う?」
私「確かにこれなら速度分布も測れるし原理もシンプルですね。」
原理がシンプルなのと,簡単に作れるのとは大違いなんですが,電場計測器の開発で苦労をしたのに学習効果が無く飛翔体搭載用の質量分析器の開発に手を出してしまいました。
現在飛翔体に搭載されている中性ガス質量分析器は二種類(四重極子型と磁場偏向型)あるのですが,いずれも被測定ガスに電子を当てて電離し,その後被測定ガスの速度のばらつきが無視できる所まで加速をし,四重極子又は磁場偏向を用いて質量を分別する構造になっています。この為にこれらの質量分析器では
1.入射ガスの速度分布の情報が得られない,
2.壁面に吸着した原子と反応した結果出来た分子と元々の被測定ガス中の分子との区別が付けられない,
という問題点があります。
1.は原理上の問題点なのですが,大気の散逸に重要な役割を持つ酸素原子はその生成過程から非熱的な分布をしていると考えられており,その分布を測定することは大変重要な意味を持っているだけに解決できれば大きな進歩となります。
2.は壁面に吸着している酸素原子(O)の非測定ガスとの再結合の問題で例えば測定された物がNOである時に,これがNと壁面のOとが反応した物なのか,元々NOであったのかが区別出来ないと言うことです。
この為に打ち上げ前に入射ガス種毎にどの様な質量の物がどのくらい観測されるかの精密なキャリブレーションを行い,その結果を元に測定データを解釈し,元の非測定ガスの質量分布の推定を行う必要があります。
我々が開発を続けている質量分析器は原理は大変簡単で,非測定ガスに電子ビームを当てて電離させることは従来の方法と同様なのですが,電離させた後に入射方向と直角に電場をかけることで電場に垂直な平面内の速度分布を保存させ,検出位置の分布から速度分布を求めます。また,電場を掛けてから粒子を検出するまでの時間差から質量が求められます。