No.241
2001.4


ISASニュース 2001.4 No.241 

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NeXT 次期X線天文衛星


1.宇宙の非熱的世界を探る

 一般の物理学の授業では,十分な時間と相互作用によって,世界は徐々に均一の密度と温度の平衡状態になると教えられる。しかし,自然界ではその流れと一見逆行するかの如き現象がしばしば見られる。宇宙の誕生直後の世界で,ゆらぎを元に多様な天体が生まれて来るのもその一例である。現在観測にかかる物理量でも,熱的分布の裾では説明できない,極めてエネルギーの高い宇宙線(>1020eV(電子ボルト))が見つかり,これら一部の荷電粒子にのみ高いエネルギーを一方的に与える,加速機構に注目が集まっている。

 X線天文学でも,太陽などの星の光球から放射される黒体放射や,高温プラズマからの熱制動放射の様に熱的に平衡な現象に支配された天体の他に,磁場などを介して高いエネルギーのX線が強く放射される天体が知られている。一般に熱的放射はX線エネルギーが高くなるにつれ対数的に減衰し,相対的に高いエネルギーで,こうした「非熱的」放射が優勢になる。「あすか」衛星でも,超新星の一部から熱的でない放射が見つかり,宇宙線の加速の現場ではないかと指摘されている。


図1

 宇宙において,熱的でないこうした高エネルギー粒子,高エネルギー光子は,数は少ないものの,持っている総エネルギー(個数 x 個々のエネルギー)は宇宙全体のエネルギーの無視できない割合いを占める。卑近なアナロジーで言えば,数少ない大企業が,国内総生産の大部分を占めている経済とか,高額所得者の人数と総所得の割合などが上げられる。我々はより高エネルギーのX線(硬X線)の撮像スペクトル観測により,宇宙の加速がどの様な機構で,どこで起きているかを次期X線天文衛星を用いて探って行こうと考えている。

2.硬X線を集める

 X線はエネルギーが高くなるにつれ,鏡面で反射されにくく,鏡面から1度以下のすれすれの斜入射をさせる光学系を用いる。その一方で,波長が短いため,表面の粗さで簡単に散乱される。これらのことから,X線反射鏡は光学望遠鏡に比べ,相対的に大きな面積(あすか衛星搭載望遠鏡4台で「すばる」望遠鏡の主鏡に匹敵する60m2)を粗さ3Å(オングストローム)に仕上げている。しかし,「あすか」衛星でカバーした10keVよりも上の数十keVを集光結像するのには技術的な難関突破が必要となる。


図2

 現在最も有望だとされているのが多層膜である。図2に示す様に,20―50Åの薄膜を軽/重,異なる金属を積層する。この周期構造は結晶格子と同様に,格子間隔,入射角で決まるある波長に対し強い反射率を与える。これにより,単層膜では反射率を持たない大きな入射角でも,反射鏡とすることができる。更にこの周期に分布を持たせると,幅広い帯域で有効な反射率が得られる「スーパーミラー」となる。

3.硬X線望遠鏡を作る

 製法を確立し,実際の望遠鏡としての性能を確認するため,ASTRO-Eのスペアの鏡面の一部に多層膜を施し,集光実験を行った。その結果,世界で最初の20―40keVでの集光結像実験に成功した。

 実際の天体観測に向けて,「InFOCμS」と言う名前のプロジェクトとして,現在,2000枚の反射鏡の成膜を名古屋大学,NASA/ゴダード宇宙旅行センターで進めている。2001年6月にはテキサスで気球に搭載し,20―40keV(キロ電子ボルト)領域で世界で最初の硬X線撮像観測を行おうと準備を進めている。

4.硬X線の像を捉える

 単にX線を集めるだけでなく,像を結ばせることで,X線観測で問題になる,周囲からの雑音,天空の広がった背景放射を大幅に除去する事ができる。これにより,これまでにない高い感度の観測が可能になる。そのための焦点面検出器として,我々は,軟X線を精度よく撮像するCCDと硬X線を撮像するCd(Zn)Te(テルル化カドミウム)のピクセル型検出器を組み合わせた,ハイブリッド型検出器を開発している。背面照射型の薄いCCDの下にCd(Zn)Teのピクセルを読み出し回路に一個一個直接接合したものであり,GSO(ガドリニウム・シリケート結晶)の井戸型ガードディテクタの底に置いて低雑音化を目指す。


図3

5.高分解能分光

 X線の持つエネルギーの情報を詳しく調べることは,放射源の物理状態(温度,電離度,密度,運動速度など)を知る大変重要な手段である。ASTRO-E IIに搭載するカロリメータではこれまでの十倍の分解能で鉄輝線の分光を目指すが,その分解能を更に向上させたシステムを次期衛星目指して開発している。Transition Edge Sensorを用い,波長分解能の向上と共に,時定数の短い,早い検出器,多素子化を目指す。また,冷媒を持たない,機械式と断熱消磁式の冷凍機を用いることも検討している。

6.衛星概念設計

 打上げは2009年度を目指す。ロケットとしてはM-Vを想定する。このため,衛星の重量,大きさともASTRO-Eを基本とする。特に望遠鏡を並べる断面は口径1.8mであるため,置く事のできる望遠鏡の口径と台数が決められる。また焦点距離は軌道上で伸展を考えることで8―12mを想定する。

 望遠鏡の設計では,カバーできる波長域が入射角で決める。単層膜では0.5度以下でないと10keVまでの集光に有効でない。焦点距離を12mとすると,口径90cmまで広げられる。一方,多層膜で数十keVまで対象とする硬X線望遠鏡では,0.35度まで許され,12mで口径60cmまで許される。そこで,モデルデザインとしては,口径60cmで多層膜を施した硬X線望遠鏡4台と,同じく口径60cmの単層膜のカロリメータ用軟X線望遠鏡2台の組み合わせを提案する。


図4

 得られる有効面積を諸外国の衛星計画と共に図5に示す。Constellation-XXEUSの様な巨大天文台にも硬X線望遠鏡を兼ね備える提案をしているが,NeXTはそうした大型天文台に先行して,天文学的,技術的な先駆的ミッションとしたい。また100keVを超すガンマ線の観測の可能性も検討している。

(次期X線天文衛星ワーキンググループ) 


図5


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