No.239
2001.2

ISASニュース 2001.2 No.239

- Home page
- No.239 目次
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 宇宙を探る
- 東奔西走
+ 惑星探査のテクノロジー
- いも焼酎

- BackNumber

第10回

ひとすじの涙

稲 谷 芳 文  

 流れ星は星の涙です。惑星探査における大気への突入について書きます。金星や火星をはじめ太陽系の多くの惑星やその衛星には大気がありますから,その表面や大気中に観測器を降ろす場合は大気の層を突き抜けて表面に到達します。だいたいの場合はその惑星に外から着いたときに落とすので突っ込むときの大気との相対速度はその惑星の脱出速度と同じくらいです。金星の場合で毎秒約10km,火星で5km,木星だと50km以上にもなります。地球外からのサンプルリターンも同じです。この速度のせいで,大気から受ける力や熱が大きくなって,惑星突入とか地球大気再突入とか大げさな言葉で呼ぶことになります。ただしよく考えると大気のない惑星や月で同じ事をやるとするとこの減速はロケットでやるしかありません。大気のお陰でタダで軌道速度をゼロにできる訳で,毎秒何キロとか10キロまで加速するロケットの代わりに「ヨロイ」と「落下傘」をつけたカプセルを作ればよいので,惑星探査をしたい理学の人は,打上げの時にロケットに感謝するのと同じくらい,この大気と空力屋に感謝しなければなりません。頼まれればどこでも突っ込みます。

 このヨロイはヒートシールドと言って,大気を構成する気体がこの速度でカプセルにぶつかって発生する力や熱から中身を守ります。力の方は突っ込む角度にもよりますが何十Gとか百G。加熱は表面を流れるガスの速度の勾配に比例するので流れの相似を考えると大きいモノの方が楽です。宇宙研の惑星探査の様に小さなカプセルでは結構厳しくて,例えばMUSES-Cカプセルの地球突入では平米あたり1kWのストーブ1万5000台分と言った加熱率になります。まあたいそう熱いと思ってください。この他に空気の場合では,10km/sを越えるとカプセルでせき止められて電離するほどの高温になって光り出すので,この輻射の加熱を考える事が必要になります。こちらは光る部分の広がりに比例しますから小さいカプセルの方が楽です。例えば木星に突入したガリレオカプセルでは,相手は水素ですが加熱はMUSES-Cのさらに一桁以上でその大部分が輻射による加熱です。この辺りの予測は結構ややこしくて,分子の解離や電離や化学的,熱力学的非平衡過程やらを考えないとなかなか正確な事は言えません。ヨロイの材料は炭素繊維やガラス繊維を樹脂で固めたもので,表面で2000度とか3000度,樹脂の熱分解や高温表面からの放熱やら,酸化や昇華で材料そのものが持ち去る熱やらを総動員して内部への熱の進入を防ぎます。この辺の高温での物性や反応のメカニズムはモデル化も難しく,材料によっても相手の大気の成分によっても異なりますから,ミッションごとに勉強が必要です。システム全体としては,小さいカプセルにいろんな機能を詰め込むため,熱屋,構造屋,材料屋,電気屋,火工品屋,PIその他リソースの取り合いです。もちろん軽い方が良いのでぎりぎりの設計をするのですが,ロケットの地上燃焼試験で内部の耐熱性を調べるのと違って,本物のカプセルを実際の環境で試験できないので,どれくらいのマージンがあるのかなかなか分かりません。80年代の設計のガリレオに比べ解析技術はずいぶん進歩しましたが,細かい現象まで勘定する道具ができることと,ほんとにアテにしていいかはまあ別の話で,実際に飛ばした経験が少ないことが設計を保守的にします。設計の最初の段階で重量は割り当てられてしまいますから,リスクと背中合わせでだんだん苦しくなりますが,どこでも突っ込むと言った手前がんばってしまいます。

 さてMUSES-C帰還。地球を離れて行きも帰りもうまくいって,最後の最後にカプセルの出番です。無事に下まで降りてきたら,パラシュートにぶら下がっているのはもちろん小惑星のサンプルで,けなげに働いたヒートシールドは熱いので捨てられます(せっかく守ってあげたのに)。カプセルの地球大気突入の時,先ほどの輻射も含めて昼間でもかなりの明るさで流れ星のように地上で見えるはずです。これはカプセル屋の涙です。もちろん涙は一筋で途中で二筋になったりしたら失敗です。

(いなたに・よしふみ) 


#
目次
#
いも焼酎
#
Home page

ISASニュース No.239 (無断転載不可)