No.235
2000.10

<研究紹介>   ISASニュース 2000.10 No.235

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用語解説
LFモード
LPモード
感度応答曲線

連続月震観測シミュレータの開発について

高知大学理学部 村 上 英 記 


1. はじめに

 まず2003年の打ち上げを目指して準備をすすめているLUNAR-A計画(月探査計画)の概要について紹介する。この計画の目的は,月の起源と進化を解明する上で鍵となる月内部構造を解明するためにアポロ計画では不十分であった月深部構造についての新しいデータを取得することにある。LUNAR-Aでは月震計(上下動1成分,水平動1成分)と熱流量計を搭載したペネトレータを月面の表側と裏側にそれぞれ一機づつ投下し月震と熱流量を計測する。そして取得したデータは,約2週間ごとに上空に飛来する母船を経由して地上に送る。

 観測を効率よくおこなうためには,さまざまな観測運用支援システムの開発が必要となる。ペネトレータ搭載の電池容量,メモリ容量,さらにペネトレータ−母船間の通信容量といった限られたリソースをうまく使うために,さまざま観測運用支援システムをサイエンスPIが協力して作成をすすめている。ここでは,その中の一つである連続月震観測シミュレータについて紹介する。


2. アポロ月震観測の成果

 連続月震観測シミュレータについて述べる前にアポロ計画における月震観測の成果を簡単に紹介する。1970年代のアポロ計画では,アポロ12号14号15号そして16号の宇宙飛行士が月面に月震計を設置し,観測データは連続的に地上に送られた。各観測点に配置された月震観測システムは,上下動1成分の短周期月震計(SP)と,上下動1成分および水平動2成分の長周期月震計から構成されていた。長周期月震計は,LFモードLPモードと呼ばれるつの特性を持っていたが,高い感度を得るためにほとんどLPモードでの観測がおこなわれた。月震計の感度応答曲線図1に示す。この図に,LUNAR-Aで使用する月震計の特性も比較のために示す。LUNAR-A月震計の特性は,周波数帯域としてはSP月震計に近いが感度としては数倍の感度を持っている。LUNAR-A月震計は,深発月震の卓越周波数が1Hz近傍であるために1Hz付近での感度がアポロ月震計を上回るように設計されている。

図1 月震計の感度応答曲線


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用語解説
震央分布


S/N比
 LP月震計データを使い月震は,熱月震,隕石衝突月震,浅発月震,深発月震の種類に分類されている。熱月震,隕石衝突月震,浅発月震,深発月震の波形例を図2に示す。

図2 アポロ月震計で得られた月震波形の例


 熱月震は,夜明けから夕方までの太陽が昇っている間に発生し継続時間が他の月震に比べて短い。温度変化によるクラックが原因とされている。LUNAR-Aでは継続時間が短いことを使い計測しないようにしている。

 隕石衝突月震は文字通り,月面に隕石が衝突することにより発生する月震である。衝突点の分布は月全体に広がっているが,それらは接近したいくつかのまとまりになっており流星群との関連が示唆されている。

 浅発月震は,わずか28例が観測されているのみであるが,他の月震より高周波成分が卓越しており震源の深さは100kmよりは浅いと考えられている。震央分布や発生周期には規則性がなく,その発生原因は不明である。

 深発月震は,波形の類似している109個のグループが同定されており,それぞれA1A2,…,A109という番号がつけられている。そのうちの52グループは震源が決定されている。震源の深さは703kmから1181kmである。一般的に振幅は小さくS/N比も良くない波形であるが,振幅変化や発生周期は,地球と月の位置関係に大きく依存している(図3)。月−地球間の潮汐力が発生原因におおきく関わっていると考えられている。

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用語解説
走時データ

図3 深発月震A1発生日(●)と潮汐応力(実線,波線)の関係


 観測された月震波形の走時データから月の深さ約1000kmまでの地震波速度構造が求められているが,深い部分については研究者により構造が異なっている。また,1000kmより深い部分についてはコアの存在を含めてよくわかっていない。これらの不明な月深部の構造について新しいデータを得ることをLUNAR-A計画は目指している。

 アポロ計画により得られた成果は多いが,解析されたデータは取得されたデータの一部にしかすぎない。例えば,熱月震を除いてカタログ化されている月震の数は,隕石衝突月震が1743個,浅発月震が28個,深発月震が3145個,未分類が7633個で,分類されたものは全体の4割にとどまっている。また,良好な観測記録が極めて少ないという理由からSP月震計の記録はほとんど利用されていない。LUNAR-Aにより得られるデータから多くの情報を得るためにも,未分類のデータやSPの記録も含めてこれらのデータの再解析が重要になる。


3. 連続月震観測シミュレータとは

 連続月震シミュレータを一言でいえば,アポロ計画で得られている連続月震データ(約125Gbyte)をLUNAR-Aの月震計測システムで観測するとどうなるかをコンピュータ上でシミュレーションするものである。シミュレータの構成概念を図4に示す。シミュレータは次のつのことを目的として開発をすすめている:

1)月震波形要素を使った月震の特徴抽出,
2)月震波形要素を使った月震活動の統計処理,
3)観測条件を変えた時のデータ取得状況の把握。

図4 連続月震観測シミュレータの構成図


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 最初の目的である月震波形要素を使った月震の特徴抽出は,図5に示す月震波形の特徴を表す幾つかのパラメータを使って月震を分類するための基準データを取得しようというものである。これは,次に述べるLUNAR-Aの観測方式のために必要になってくる。アポロ計画では月面上の月震計測システムから地球上に連続的にデータを送っていたが,LUNAR-Aではリソースの制約並びに月の裏側にも観測点を設けるためにデータを直接に地球に転送することができない。そのために月震観測の主たる方法としてイベント・トリガー方式を採用している。これは,ある条件を満たした月震のみを観測するというもので,観測条件はコマンドで変更できるようになっている。それでも,ペネトレータと母船の間の通信容量が小さいので取得した月震波形すべてを送ることができない。それで,計測時に月震波形の特徴を表すパラメータを演算により求め月震観測テーブルに編集しておき,通信の初期にこのテーブルを転送して地上に降ろす波形データ指定するようになっている。この時に,月震観測テーブルのデータから隕石衝突月震なのか浅発月震なのか,あるいは深発月震なのかを判断する必要がある。そのために,すでに分類されているアポロの月震データを使い月震観測テーブルの要素を計算し分類のための基準データを求めておく必要がある。それぞれの典型的な波形を使用しておこなった予備解析では,最大振幅では「深発月震隕石衝突月震浅発月震」,τ(トリガー後最大振幅までの時間)については「深発月震隕石衝突」という関係が得られている。ただし,観測条件により値は変わるのでさまざまな観測条件について月震観測テーブル要素を求めておく必要がある。また,すでに開発ずみの深発月震の発生周期予測プログラムによる深発月震活動予測と月震観測テーブルとを合わせて検討することにより高い確度で深発月震を指定できるものと考えられる。

図5 月震観測テーブルに記載される月震波形要素


 次の目的である月震波形要素を使った月震活動の統計処理というのは,1970年代の地震活動度(発生頻度,振幅,月震の種類等)とLUNAR-Aの月震観測テーブルから推定される2003年から2004年にかけての月震活動度を比較することを目的にしている。アポロ計画における観測方式とLUNAR-Aの観測方式が異なるので,アポロ月震データについてLUNAR-A方式で処理する必要がある。実際には,深発月震の周期性を考慮しながら実際におこなった観測条件で処理をおこない活動度の比較をおこなう。アポロ計画では月の表側にしか観測点を設けていないので月の表側における活動度の比較になる。月の裏側に月震計を設置するのはLUNAR-Aが初めてであり表側のように比較すべきデータはないが,月の裏側に震源があることがわかっているA33というグループの活動度により比較ができるかもしれない。しかし,LUNAR-Aの観測データにおいてA33をいかに同定するかという別の問題がある。取得したデータ中の深発月震のグループ分けについては別途検討中である。

 最後は,観測条件を変えたときにどの程度のデータ取得量になるか,特定の種類の月震を観測するにはどのような観測条件を指定すればよいかなどを把握することを目的としている。これは運用中のメモリ・通信容量の有効利用をするためのシミュレーション,そして目的とする月震波形を取得するために必要になる。


4. おわりに

 現在開発中の連続月震観測シミュレータについて紹介した。これ以外にも月深部構造に関する新しい情報を得るためのさまざまなシステムやシミュレーションをおこなっている。LUNAR-Aによる新しい月震データが取得されるのが待たれる。

(むらかみ・ひでき) 


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