No.235
2000.10

ISASニュース 2000.10 No.235

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第18回

軽量SiC望遠鏡の開発

金 田 英 宏  

 赤外線天文衛星ASTRO-Fには,主鏡口径710 mmF/6 Ritchey-Chretien望遠鏡が搭載される。我々は,その望遠鏡として,SiC(炭化硅素)という素材を用いた鏡の開発を行ってきた。地上で使われる通常の光学望遠鏡と比べて,衛星搭載用の赤外線望遠鏡には,どういった開発上の特色があるのか。

 まず,赤外線観測では望遠鏡そのものを充分に冷やすことが重要である(ASTRO-Fでは6 K)。なぜなら,鏡の温度が高いとそれ自身が赤外線を発し,その揺らぎが,検出できる天体の限界を決めてしまうからである。従って,鏡の素材は一様に良く冷えるものでなければならない。また,低温でも鏡面の精度が悪くならないために,熱変形の小さい素材であることも重要となる。さらに衛星搭載用のため,打上げ時の激しい振動でも割れないような,充分な強度を持つものでなければならず,出来るだけ軽くすることも重要である。

 従来は石英や金属鏡が使われていたが,鏡のサイズが大きくなると,これらの条件を満たすことが困難になってきた。そこで我々は新しい鏡材として,SiCに注目した。SiCは,もともと高温環境への応用(photonfactoryなど)から鏡材として使用され始め,最近では,X線領域での応用も期待されている素材である。宇宙用としての実績はほとんどないが,非常に硬くて軽く,高精度の面に加工しやすいことや,熱伝導が良く,低温で比熱が小さいことは注目に値する。

 まずは,軽量化という観点からだが,ASTRO-F望遠鏡の母材には,低密度(多孔質)SiCを用いる。そして,裏面を肉抜きしてリブ構造にし,厚みを薄くする(3mm)ことで,より軽くしている。ただ,このままでは強度が不充分なので,化学蒸着(CVD)で全面を高密度の硬いSiC膜(0.5 mm)で覆うことで,より頑丈な鏡に仕上げている。その結果,710mmφという大きさのSiC主鏡単体が約11kgという軽量を実現しており,SiC副鏡と組み合わせた望遠鏡全体でも,検出器を含めた総重量が約38kgにしかならない。

 では,SiCはどの程度,熱的に優れているか。我々は710mmφという大きなものを作る前に,160mmφSiC鏡を何個か作って冷却試験を繰り返し,性能を評価してきた。その結果,常温と6Kでの面精度の変化がrms値3 nm程度という,温度変化が極めて少ない鏡を作ることに成功した。では,本番の大きさになるとどうか。


図1:宇宙研D棟の極低温実験室にある望遠鏡地上試験装置。


 図1710mmφSiC鏡の冷却面検試験を行っているところである。まだ,初期成果の段階だが,160mmφ鏡で得られた実績どおり,サイズが大きくなっても冷却による変形は少ないという結果が得られている。

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 問題は,打ち上げ環境の振動/衝撃に耐えられるかである。実は昨年の振動試験で,SiC主鏡は割れてしまった。そこでCVD工程に大きな改良を加えたところ,今夏の振動試験は無事にクリアできた(図2)。さまざまな苦労があったが,今では基材加工工程が確立できたと信じている。現在,フライトモデル鏡の研磨が進められており,今月中に完了する予定である。


図2:振動試験中のSiC望遠鏡。素材はフライトモデルと同等。

 SiCは非常に硬い素材のため,研削/研磨に膨大な時間と費用を要するという短所があるが,宇宙用冷却鏡の素材として,魅力的ものであることには違いない。今後,より大口径のSiC主鏡を製作/実用化するためには,CVD処理技術の向上とともに,新しい研削/研磨技術の開発が必要不可欠であろう。

(かねだ・ひでひろ) 


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