赤外線天文衛星ASTRO-Fには,主鏡口径710 mmのF/6 Ritchey-Chretien望遠鏡が搭載される。我々は,その望遠鏡として,SiC(炭化硅素)という素材を用いた鏡の開発を行ってきた。地上で使われる通常の光学望遠鏡と比べて,衛星搭載用の赤外線望遠鏡には,どういった開発上の特色があるのか。
まず,赤外線観測では望遠鏡そのものを充分に冷やすことが重要である(ASTRO-Fでは6 K)。なぜなら,鏡の温度が高いとそれ自身が赤外線を発し,その揺らぎが,検出できる天体の限界を決めてしまうからである。従って,鏡の素材は一様に良く冷えるものでなければならない。また,低温でも鏡面の精度が悪くならないために,熱変形の小さい素材であることも重要となる。さらに衛星搭載用のため,打上げ時の激しい振動でも割れないような,充分な強度を持つものでなければならず,出来るだけ軽くすることも重要である。
従来は石英や金属鏡が使われていたが,鏡のサイズが大きくなると,これらの条件を満たすことが困難になってきた。そこで我々は新しい鏡材として,SiCに注目した。SiCは,もともと高温環境への応用(photonfactoryなど)から鏡材として使用され始め,最近では,X線領域での応用も期待されている素材である。宇宙用としての実績はほとんどないが,非常に硬くて軽く,高精度の面に加工しやすいことや,熱伝導が良く,低温で比熱が小さいことは注目に値する。
まずは,軽量化という観点からだが,ASTRO-F望遠鏡の母材には,低密度(多孔質)SiCを用いる。そして,裏面を肉抜きしてリブ構造にし,厚みを薄くする(3mm)ことで,より軽くしている。ただ,このままでは強度が不充分なので,化学蒸着(CVD)で全面を高密度の硬いSiC膜(0.5 mm)で覆うことで,より頑丈な鏡に仕上げている。その結果,710mmφという大きさのSiC主鏡単体が約11kgという軽量を実現しており,SiC副鏡と組み合わせた望遠鏡全体でも,検出器を含めた総重量が約38kgにしかならない。
では,SiCはどの程度,熱的に優れているか。我々は710mmφという大きなものを作る前に,160mmφSiC鏡を何個か作って冷却試験を繰り返し,性能を評価してきた。その結果,常温と6Kでの面精度の変化がrms値で3 nm程度という,温度変化が極めて少ない鏡を作ることに成功した。では,本番の大きさになるとどうか。