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No.234 |
<研究紹介> ISASニュース 2000.9 No.234 |
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進化と酵素と好熱菌と東京薬科大学生命科学部 山 岸 明 彦私は好熱菌や超好熱菌などの極限環境微生物を実験材料として,大きく分けて二つの側面から研究しています。その第一は生命の初期進化に関する研究で,もう一つは蛋白質工学に関する研究です。細かいテーマも含めるとかなり多くなりますが,その中から何か一つでも興味を持っていただければと思い,それらを含めて紹介させていただきたいとおもいます。お忙しい方は,小見出しだけご覧下さい。
I.生命の初期進化の研究(参考文献 1ー5)1.全生物の共通の祖先はどんな生き物だったか生命は今から約40億年前に誕生したと考えられています。地球上の温泉や海底の熱水噴出口に棲む現存の超好熱菌や好熱菌を調べることから,40億年前の生物がどのような生物であったのかが分かるのではないかと思っています。図1は,現在最も信頼されている全生物の系統樹を示しています。系統樹の根元は生命の起源を表し,系統樹の枝の先端が現在の様々な生物種に対応しています。現存する生物は大きく3つに分類されています。それらは,真正細菌(いわゆる良く知られたバクテリア)と古細菌(極限環境にすむ特殊な原核生物),それに真核生物(動物,植物,カビ,原生動物など)です。生命の起源の後,図1でコモノートと書いてある点で約38億年前に生命は真正細菌と古細菌に分かれました。古細菌の様々な性質を調べて,真正細菌と比較することから両者の(従って全生物の)共通の祖先がどのような生物だったのかが分かるのではないかと考えています。
図1 全生物の進化系統樹。生物界は三つに分けられている。
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2.全生物の共通の祖先は超好熱菌だったか図1の各生物種のあとに書いてある数字はそれぞれの生物の生育温度です。これを見ると系統樹の根元付近から分岐した生物はいずれも80℃以上で生育する超好熱菌であることが分かります。根元付近の生物は進化的に古い生物です。このことから,全生物の共通の祖先は超好熱菌であったのではないかと推定しています。さらに,この推定を確かめる実験も行っています。結果は今のところ,超好熱菌祖先説を支持しています。
3.未知の超好熱菌を探して単離するこうした研究を進める上で,未知の超好熱菌を探し出す研究も行っています。地上の温泉や海底の熱水噴出口などから熱水を採集し,その中から超好熱菌を培養して単離します。最近,海底のさらに地下から超好熱菌が単離できないかという研究をはじめました。
4.真核生物細胞がどのように形成されたか(参考文献 3,5)さて,図1をもう一度みてもらうと,古細菌と真核生物はPとかいた点で枝分れしています。従って,この点で古細菌の祖先と真核生物の祖先が別れたことになります。しかし真核生物細胞と原核生物細胞(古細菌と真正細菌)の構造は大きく異なっています(図2参照)。真核生物細胞は原核生物細胞よりもかなり大きく,また細胞内に脂質膜で囲まれた多くの構造体を持っています。これらの構造体のうちミトコンドリアと葉緑体は構造体自身のDNAを持ち,それぞれが分裂して増殖することなどが知られています。これらの構造体は真正細菌が細胞内共生する事によってできたものであることはほぼ間違いがありません。しかし核やその他の構造体の起源に関しては,はっきりとしていません。われわれは,図2に示したように古細菌の祖先が多核の層状構造を持つ巨大細胞を形成し,それが真核生物細胞の基になったのではないかと言う仮説を提案しています。それを確かめるために,サーモプラズマという古細菌を材料として,脂質合成系,細胞骨格,遺伝子操作系の開発,株間の細胞形態の差の検討などを進めています。
図2 原核生物(古細菌,真正細菌)と真核生物の細胞構造と進化。
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5.シロアリの腸管内にいる共生細菌さてシロアリの腸管内には興味深い共生細菌が住み着いています。その中の一つはメタン菌です。メタン菌は古細菌の一種でシロアリ腸管内に住み着いてシロアリのセルロース分解を助ける働きをしています。さらに,シロアリの腸管内にはセルロースを分解する原生動物(真核生物)が住み着いています。それらの原生動物はミトコンドリアを持っていないかわりにメタン菌を共生させています。その共生関係を研究する事から真核生物と原核生物の共生の仕組みが分かるのではないかと思っています。
6.宇宙環境下での極限微生物の分布最近,航空機を用いた上空での微生物の探索を開始しました。地上12 kmまでの大気中から塵埃を採集して,その中にどのような微生物がいるか探索を始めています。驚くべき事に,上空にも微生物はちゃんと存在していました(たぶん増殖しているわけではない)。現在,それらがどのような菌か,検討を行っています。将来,大気球を用いて,更に上空の塵埃が採集できないかと考えています。もしこの研究所内で共同研究が可能ならばすばらしいことです。
II.タンパク質工学の研究(参考文献 6,7)もう一つの分野の研究はタンパク質工学の研究で,とりわけ酵素の耐熱性に関連した研究を行っています。もともと好熱菌タンパク質が耐熱なのはなぜかという興味から研究を始めました。酵素はタンパク質でできた化学触媒ですが,無機触媒にはないすばらしい特徴を持っています。そのひとつは鏡像異性体までも区別する非常に高い反応の基質特異性です。また酵素は,反応の副生成物を全く出さず100%の効率で反応を行う高い反応特異性を持っています。さらに無機触媒と異なり,微生物により分解されるので環境にも優しいのです。反面,酵素は一般的には安定性が低いために触媒としての寿命は長くありません。そこで酵素の安定性すなわち耐熱性を高めることがタンパク質工学の大きな課題の一つとなっています。
1.タンパク質の進化工学的安定化(耐熱化)(参考文献 6)われわれは好熱菌を用いて酵素を細胞内で進化させるという実験系を開発しました。好熱菌中のタンパク質はすべて耐熱性が高いので,まず好熱菌の中の酵素の一つを常温菌のものと置き換えました。すると,その好熱菌は低温では生育できるものの,高温にするとその酵素が変性して酵素活性を失ってしまうために生育できなくなりました。しかし,高温で培養を続けると,やがて突然変異によって生育できるようになった菌が現れました。その菌の中の常温菌酵素の遺伝子を調べると,突然変異によって,いくつかのアミノ酸の種類が変わっている事が分かりました。つまり,この方法を用いることで耐熱性の低い酵素の耐熱性(安定性)を変えることができたことになります。また,一つの酵素の遺伝子に限定して,高温への適応進化の過程を実験室内で見ることができたことにもなります。いまこの方法を用いて,タンパク質の耐熱性をあげる突然変異はどのような特徴があるのを検討しています。
2.酵素の進化工学的活性上昇(参考文献 7)好熱菌のタンパク質はもともと耐熱性が高いのだからそれをそのまま使えば良いのではないかという考えもあり得ます。しかし好熱菌の酵素は高温では活性が高いのですが,低温では活性が非常に低くなってしまうのです。そこで,今度は逆に好熱菌のタンパク質の活性を低温で進化させる実験を行いました。好熱菌酵素の遺伝子を,今度は常温菌である大腸菌の中に遺伝子操作で取り込ませました。大腸菌は好熱菌の酵素の活性が低いために低温では生育できなくなりましたが,やがて低温でも生育できるようになった菌が得られました。その菌の好熱菌酵素の遺伝子を調べるとやはり遺伝子の中のアミノ酸の種類が変わっていました。また驚くべき事に,酵素活性が上昇した酵素のうちのいくつかでは,もとの高い耐熱性がそのまま保持されていました。つまり,耐熱性と低温での活性の両方とも高い酵素をこうした方法で手に入れることができる事になります。
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3.耐熱性タンパク質の熱力学的性質一つのタンパク質分子は数百個のアミノ酸からできている高分子です。しかし,普通の高分子とは全く異なりそれらのアミノ酸が一定の位置にきちんと折り畳まれた構造をとっています。その構造が,温度を上昇させるとやがてほどけて水分子のなかで自由な運動を始めます。これが,タンパク質の変性で,変性したタンパク質はもう生物学的触媒活性を持たなくなります。そこで,好熱菌の耐熱性タンパク質は常温菌のタンパク質に比べてどのような熱力学的特徴があるのか検討しています。
4.タンパク質の動力学計算また,タンパク質の安定性は最終的にはタンパク質を構成する約1万個の原子間相互作用の総和で評価できるはずです。動力学専用の並列型計算機を用いて,タンパク質の挙動をシミュレートしたり,安定性の評価を試みています。
5.タンパク質-タンパク質相互作用さらに,タンパク質が2つ相互作用する場合にも本質的には,タンパク質内部と同様に取り扱えるはずです。相互作用する二つのタンパク質の相互作用面に積極的にアミノ酸変異を導入してその影響を調べています。以上,宇宙研の現在の守備範囲とはかなり異なるかもしれない事も多く含まれますが,敢えてご紹介させていただきました。 (やまぎし・あきひこ)
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