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ISASニュース 2000.6 No.231 |
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中 谷 一 郎印刷屋さん泣かせの標題を付けてしまいました。小生のパソコンのプリンタは,不調なときに,こんな文字を打ち出しますが,この標題は,輪転機の故障ではありません。閑話休題。往年の名画「カサブランカ」に,こんなやりとりがでてきます。
女: きのうの夜は,どこで遊んでたの? 画に描いたような刹那主義。この男のセリフに,小生,すっかりシビレました。それ以来,一生に一度くらい,こんなキザなセリフを吐いてみたいものだと(密かに)機会を狙ってきたのです。 しかし,残念ながら,ハンフリー・ボガードならぬ,くたびれた一研究者の小生は,そんな機会にまだ恵まれませんし,当分恵まれそうにありません。 一方,宇宙開発は,刹那主義の正反対,ひどく時間がかかるものとされています。とくに,打上げのたびに,一品生産をするのに近い科学衛星の場合,この傾向が顕著で,宇宙研の衛星は,通常,予算が認められてから打上げまでに>5〜6年10年程度は十分にかかっています。冒頭の男女の会話を科学衛星に裏返してあてはめると,こんなふうになるかも知れません。
教授: 去年打上げた衛星の観測データの結果は? 米国のNASAでは,“Cheaper, Faster, Better(より安く,より速く,よりよく)”というスローガンのもとに,従来の大艦巨砲主義を改めて,効率のよい宇宙開発をめざしました。しかし,これを可能にするのは,大前提として強力な研究開発投資にによる先行的な技術開発が十分に進んでいる必要があります。つまり,実際の衛星の計画が立上がって初めて技術開発に着手したのでは,CheaperもFasterもあり得ません。NASAが,猛烈な勢いで新規技術開発に力を入れ始めたのは,そのためです。“Cheaper, Faster, Better”は,海面上に少し現れた氷山の一角で,海面下には,膨大な研究開発投資が隠れているのです。私達は,海面下の研究投資という大きな氷塊をウッカリ見過ごしがちですが,それではタイタニック号になってしまう心配があります。比較的小さな科学衛星を着実に打上げて,世界一流の成果をあげるという宇宙研の実績を保つためにも,この海面下を強化したいものです。 ところで,宇宙研で働く人達を見ていると,小生自身も含めて,せっかちで気の短い人が多いように思います。統計をとった訳ではないので,根拠のある話ではありませんが,一般の研究所と比較して,誰もが,いつも駆け足をしているような印象です。小生も,誰かをつかまえて,ちょっと深い議論を吹きかけると,時計をチラチラと眺め始める超多忙な相手に気を遣って,早々に打切ることを考えます。 宇宙は広大で,1秒間に30万km進む光が,百数十億年もかかるような広がりを持っています。このスケールを相手にする宇宙科学者が,実はせっかちで,一方,彼らが計画する科学衛星の開発は,長時間を必要とする大変気の長い仕事です。これは,永遠に解けないパラドクス,あるいは,ジレンマというべきでしょうか。 (なかたに・いちろう) |
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