No.231
2000.6

<研究紹介>   ISASニュース 2000.6 No.231

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用語解説
太陽フレア
太陽コロナ
プラズマ

「ようこう」と太陽物理学の急展開

国立天文台 常 田 佐 久  



 「ようこう」は,「太陽フレアはなぜ起きるか」という太陽物理学最大の課題の一つをほぼ解決したのみならず,マイクロフレア(小型フレアのことですがコロナの加熱に重要な意味があります)や秒速数百kmに達するX線ジェット,数億度に達する超高温の火の玉,などの新現象を次々と発見しました。今でこそ,「ようこう」の成果により,磁気リコネクション(=磁場の繋ぎ替え)とか磁力線消滅とか呼ばれる「宇宙エンジン」がこれらの現象を引き起こしていることは広く受け入れられていますが,「ようこう」以前の学会の雰囲気や教科書の記述は,かなり違っていました。ここでは,我々が,「ようこう」の観測データーから一歩一歩どのようにして,この結論にたどり着いていったのかを,書いてみたいと思います。

 1991年9月中旬に「ようこう」衛星の定常運用が始まると,我々のまずしたことは,普及し始めたばかりのワークステーションの前に座ってX線画像のムービーをひたすら眺めることでした。打ち上げ後最初の数年間は,(運用に忙殺されるなか)フレアの画像を,上から横から斜めから(フレアはいろいろな場所に起きるので実際にこれが可能です),ひたすら見ることに費されたといっても過言ではありません。モルフォロジー(観測対象の形態学)は,天文学では重要で,すべての基本です。「太陽は磁場のエネルギーによりたまに大爆発が起きる以外は静かな世界」と漠然と思っていたのですが,まずびっくりしたのは,あちこちでピカピカと小さいX線の増光(=爆発)現象が起きており,大変綺麗であったことです。X線像を子細に調べていくと,単独の磁気ループが光っている例はほとんどなく,融合中の染色体のような複数のループが絡み合った例がたくさん得られました。N極S極が複雑に分布する所で小型爆発が頻発しているらしいdash  これらの爆発現象は,磁気のエネルギーを使っているに違いないので,磁場の強い黒点の真中(暗部という)ではさぞかし活発な爆発があるに違いないと思い観測すると,そこは常にX線で真っ暗でした。数千ガウスの強い磁場があっても整った単極の磁場だけでは,爆発しないdash  磁場が強いだけではダメで,N極S極が接していることが重要に違いない。このころから,磁気リコネクションという言葉が聞かれるようになってきました。

 ここで磁気リコネクションについて少し説明します。(磁気リコネクションについては,ISASニュース3月号(No.228)の研究紹介に前澤先生の分かりやすい解説がありますので,御参照下さい)図2に示したような反平行磁場が向き合いながらプラズマが流れ込む状況を考えます。(反平行磁場が向き合う面を磁気中性面といいます) 磁場はプラズマといっしょに動くゴム紐のようなものだと考えることができます。引っ張られたゴム紐はエネルギーを蓄えているので,強い磁場は目には見えなくても巨大なエネルギーを持っているし,プラズマに対して力を及ぼすことができます。反平行磁場を両側から押してやっても,反対方向の磁場は消滅できないのですが,磁気中性面で電気抵抗が極端に増大すると,磁力線は図2のようにつなぎ変わることができます。つなぎ変わった磁力線は,つなぎ変わる前に比べて押し曲げられているため,ゴム紐の張力によりプラズマは押し出され高速に加速されます。これが磁気リコネクションと呼ばれる現象です。問題は,「磁気中性面で電気抵抗が極端に増大すればdash 」という仮定が正しいかにあり,観測で実証する以外に検証の手立てはありません。実際,反平行磁場を消滅させるには長い時間(〜数万年)がかかるため,10分間のフレアにはとても間に合わない,と思われていました。

図2 磁力線つなぎかえ

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 さて,コロナの磁気ループは,太陽の表面のN極S極を結ぶため,当然半円状の形状(ループ)をしている(はずと思っていました)。ところが良く見ると,ロウソクの炎のような先の尖ったループがあちこちに見つかりました。図3は,太陽の縁で発生した巨大フレアを「ようこう」の軟X線望遠鏡がとらえた画像です。フレアループと呼ばれるX線で明るく輝くループ型構造は太陽表面のN極S極に繋がる磁力線の形状を反映しています。ループ上部の尖った部分は,フレアループの上方に磁気中性面が存在することを示唆しています。さらに,図に示したようなループの高さや足元の間隔が時間と共に次第に増加する様子が観測されました。これは,まさに磁気リコネクションの結果,時間と共により外側の磁力線が磁気中性面に運びこまれ再結合する結果として説明することができます。しかし,つなぎ変わるだけではだめで,これが探し求めている巨大なエネルギーを生み出す「宇宙エンジン」なのだろうか

図3 太陽の淵で発生した巨大なフレア

 ところで,プラズマの温度を求めることは大変重要です。なぜ重要かというと,熱は例外なく温度の高い方から低い方に流れるので,温度の一番高い場所を探せば,そこに探し求めている未知のエネルギー源があるからです。ある1点のみ温度が高ければ,その1点で何か特別なことが起きている証拠となるし,温度勾配からどれだけエネルギーが出ているかも計算できます。「ようこう」の望遠鏡にもそのような事が出来る仕掛けがしてあります。図1の左下に図3と同じX線画像,左上にX線観測から求めたコロナプラズマ(電子)温度を,図4には磁気中性面を横切る(図1左上図中の縦の白線に沿った)温度と密度の分布を示します。驚くべき結果は,最も温度の高い部分がX線で明るく見えるフレアループではなく,ループのはるか上方に存在する点です。この部分のX線強度はフレアループの1%にすぎず,これまでの観測では注目されることがなかった部分です。明るいフレアループのはるか上空の暗いコロナに巨大な熱源が線状に分布していることを見付けた時は,感動しました。この画像は,フレアループ上方に磁気中性面が存在し,そこでの磁気リコネクションが加熱メカニズムであることを示しています。フレアループは,実は磁力線がつなぎ変わった後の冷却しつつあるプラズマであり,温度は低いが密度が高いため明るく見えているにすぎないのです。

図1 太陽の淵で発生した巨大なフレア

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 第3の証拠は衝撃波(ショック)の存在です。図4の分布図から分かるように,中心部に密度の高い構造があり,その外側で密度が急に減少する部分の温度が最も高く,これは磁気リコネクションにおける電磁流体ショックの構造(図5)に一致します。これは,エネルギー源として重要な「遅い磁気流体衝撃波」の天文学における初めての観測的確認でした,あるいはひかえめに言って,そう考えて矛盾しません。

図4 磁気流体ショックの構造を示すデータ

 磁気リコネクション現象の帰結の一つとして,つなぎ変わった磁力線の「張力」による「パチンコ効果」により,秒速数千kmの高速のプラズマ流が発生することが予想されました。しかし,ようこうの観測装置は速度を検出する機能を持たないので,これを検証できません# 高速流は本当にあるのだろうかそうこうするうちに,硬X線望遠鏡のグループが,フレアの上空に温度数億度(あるいはそれ以上)の火の玉がふわふわ浮いているという大発見をしました。その場所を上記のデーターに書き込んで見ると,ちょうど高速のプラズマ流がある場所にあることが分かりました。これは高速流により第2の衝撃波が形成されて,粒子の加速が起きているとしか説明できません(図5)。

図5 太陽フレアの磁場構造

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用語解説
非熱的粒子
太陽コロナ
 「ようこう」の打ち上げ後6〜7年目にして(データ解析には時間がかかります),パズルには依然として未完の部分はあるものの,多くの人が基本部分は解決しつつあると感じ初めていました。1964年にぺチェックは,「磁場の消滅」と題する磁気流体力学で最も重要な論文の一つを無名の研究会集録に出版し,その後忽然と姿を消しました。この中で,ぺチェックは,10万年かかる磁場の消滅を10秒に縮める機構を,点状の消滅領域と遅い磁気流体衝撃波の導入により,見事に説明していました。「ようこう」の観測結果は,大筋においてぺチェックが正しいことを示しています。

 磁気リコネクションは,高い効率で磁場のエネルギーをプラズマ加熱と非熱的粒子の加速に転換することができます。磁気リコネクションは,天文学的にはほとんど点であるミクロな現象ですが,その結果としてマクロなサイズの衝撃波が形成され大規模なエネルギー変換が生じるという,非常に面白い物理現象です。これは磁気エネルギーを駆動源とするエンジンであるとも言えます。天文学では,ある物理過程がどれだけ大きなエネルギー源となり得るかが重要です。「ようこう」は太陽フレアの観測を通して,磁気リコネクションと衝撃波が「宇宙エンジン」として働くことを,観測的に初めて証明したと言えます。

 「ようこう」の観測により,フレアの強度は一定範囲にあるのではなく,最大フレアの強度6桁下の「マイクロ」フレアまで連続的に分布していることが分かりました。小さいフレアほど発生頻度が高く,「ようこう」の観測感度限界までいっても発生頻度は増大し続けます。これらの結果を外挿し,定常的なコロナの加熱が,非常に多数の超小型フレア(「ナノ」フレア)の集合によるという可能性が新たに浮上しており,現在活発な研究が行われています。フレア - マイクロフレア - ナノフレアは,リコネクションによる磁気プラズマの時間的空間的に間欠的な散逸現象として統一的に把握すべきであり,この知見は,太陽コロナのみに限らず天体プラズマに普遍的な概念の提出を含んでいると思います。2000年3月に東京大学で磁気リコネクションに関する国際会議が開かれました。特筆すべきは,磁気リコネクションの理論の創始者の二人パーカーとぺチェックがそろって,出席したことでした。ぺチェック教授は,「ようこう」の観測結果に満足していましたが,パーカー教授は,「ようこうの結果は素晴らしいが,ある意味で当然とも言える。なぜなら,私自身の理論は不適切であったが,磁場がペチェックのあみだした機構で散逸するに違いないことを,ずっと以前から理論的に深く信じていたからだ。」と述べたのでした。

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用語解説
ダイナモ
EUV

図6 SOLAR-B衛星

 これまで述べてきたたように,「ようこう」衛星により広い意味でのフレア現象をかなり解明することができました。しかし,定常コロナの加熱機構やダイナモ問題は,依然として未解決のままとなっています。2004年夏に打ち上げ予定のSOLAR-B衛星(図6)は,可視光望遠鏡,X線望遠鏡,EUV撮像分光装置のつの観測機器を搭載し,これらの基本問題を解決することを主目的としています。可視光望遠鏡は,偏光観測により太陽表面のベクトル磁場マップを0.2〜0.3秒角とこれまでの地上観測をはるかにしのぐ分解能で観測しますし,X線望遠鏡は,「ようこう」に比べて分解能が約3倍向上し(1秒角),また観測できる温度範囲も格段に広くなります。EUV撮像分光装置は,輝線の分光観測により磁気コネクションに伴うプラズマの流れなど,高温コロナのダイナミックスの情報を直接得ることができます。これにより,エネルギー源である磁場と磁場の散逸の結果である高温プラズマやその流れの観測を同時に行うことができ,磁気リコネクション現象の全貌を解明することができると考えています。さらに,太陽の奥深くで生成され浮上してくる磁場の観測により,太陽内部の生成のエンジン(ダイナモ)のメカニズムにも迫れることを期待しています。

(つねた・さく) 


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