No.230
2000.5

ISASニュース 2000.5 No.230

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第2回

軌道計画の技

山 川 宏,川口 淳一郎  

 惑星探査における軌道計画には,無数にある可能性から科学的工学的に最もふさわしい惑星探査ミッションを発見するという醍醐味がある。一般に,いかに多くの観測機器を持っていけるか,あるいは,全体重量の半分以上を占めることもある必要な搭載燃料をいかに少なくするかという点で勝負する。素直な惑星移行軌道を考えると,地球を脱出して太陽を中心とする軌道上を慣性飛行し,目標惑星に到着したときにブレーキをかけて周回軌道に投入することになる。しかし,ロケットの投入能力に制限があるために十分な重量の探査機を持っていけないことがあり,月・惑星スウィングバイという手法をしばしば用いる。宇宙研では過去に「ひてん」,GEOTAIL,「のぞみ」で月スウィングバイについては実績がある。スウィングバイというのは,意図的に探査機を惑星の近くを通らせて,その惑星の重力によって探査機の速度の大きさおよび方向を変更する技術である。惑星から見ると接近前後の相対速度の大きさは変わらないが,相対速度の方向が変わるために太陽中心から見た速度は増減することになる。英語ではswing-byと書くが,その名前の通り「惑星が探査機を掴んで放り投げている」ようなものである。スウィングバイは,探査機の燃料を使わずに大きな軌道の修正を行うことができるという利点がある。以下に水星探査を例に話してゆく。

 図1の軌道は,化学推進の使用を想定した水星オービタミッションで,打ち上げ後に金星(2回)と水星(2回)の多数回のスウィングバイを経て最終的に水星周回軌道に投入される。最初に金星スウィングバイを利用するのは,直接水星に向う場合は打ち上げ時のエネルギーが高すぎるためであり,まず,行きやすい金星に向かう。2回の金星スイングバイにより遠日点距離は金星軌道付近,近日点距離は水星軌道付近まで低くできる(図2)。

2回の金星スウィングバイ間の飛行時間をちょうど金星の1公転周期として空間上の同じ点で行うようにすることで,その間の軌道面の設計の自由度を増やす工夫をしている。しかし,このままでは水星に到着したときの水星との相対速度は6km/sであり,水星周回円軌道に投入する場合,探査機総重量のうち10%程度のペイロードしか残らないことになる。そこで,飛行時間は長くなるものの,水星−ΔV−水星−ΔV... というシーケンスをくり返す作戦を取る(ΔVは速度修正)。この方法はジェット推進研究所のChen-Wan Yen氏が約20年前に確立した方法で,水星と水星の間の遠日点付近で行われる僅かな量のΔVによって水星に再接近する位置を移動させ,水星との相対速度を大幅に低減していくものである。最初と2回目の水星接近の間の飛行時間は水星公転周期88日3倍程度で,その間に探査機は太陽を2周する。その結果2回目の水星接近時の相対速度は6km/sから5km/sに減っている。2回目3回目の水星接近の間の飛行時間は水星公転周期の4倍であり,その間に探査機は太陽を3周する。その結果,3回目の水星接近時の相対速度は3.5km/sまで低減されている。このように飛行時間は長くなるが,探査機総重量のうち30%程度のペイロードを持っていくことが可能となる。

 これは,惑星探査の軌道計画のほんの一例であるが,様々な工夫があることを知って頂ければ幸いである。今後,惑星探査は水星ランダー,金星バルーン,火星ペネトレータ,小惑星・彗星サンプルリターンという方向に広がっていくと思われるが,軌道計画におけるチャレンジもさらに増えていくでしょう。

(やまかわ・ひろし,かわぐち・じゅんいちろう) 


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