No.230
2000.5

ISASニュース 2000.5 No.230

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太陽の国・スペインの太陽光加熱試験施設

山 田 哲 哉  

 太陽の国・スペインに,太陽光を集めて加熱試験ができる,それこそ太陽の国ならではのユニークな施設があるということで出かけてきました。地球再突入するカプセルを過酷な空力加熱から守るヒートシールドの研究開発はまず,地上でそのような高温の環境を 模擬してあげて試験することから始まります。宇宙研のアーク風洞はその種の模擬装置の一つなのですが,実機大の試験はできません。でも太陽光加熱試験設備なら,直径40cmMUSES-Cカプセルは,そのままで加熱試験ができそうということでとても楽しみでした。(もちろん,加熱率は実際の飛行環境よりはずっと低いですが,それでも他の地上試験装置では達成できないことで,意義深いことです。)

 この施設を持つPSA(アルメリア太陽プラットホーム)は一種の第セクタみたいなもので,スペインの南,地中海に面したアルメリアという都市郊外にあります。空港で「ア」にアクセントして「アルメリア」行きのゲートを尋ねると,「リ」にアクセントをつけないと「アルメニア」に間違えられると教わりました。じゃあ「アルバニア」は?と思いましたが質問はやめにしました。なかなかなじみの薄いこの都市は,夏になると闘牛や海水浴で賑わうそうです。アクセスは大変で,私は前日までフランス・ボルドーのエアロスパシアル社にいたのですが,早朝に立って,パリ,バルセロナと飛行機を3機乗り継いでやっと夜7時にアルメリアに到着しました。3月下旬,気温10℃のフランスと比べるとアルメリアの気温17℃は確かに暖かく感じられましたが,それでも鹿児島並くらいと,太陽の国を期待していた割にはがっかりしました。ですが,さすがに翌日は20℃を越える汗ばむ陽気でして,その日唯一の交通手段であるタクシーを飛ばして,荒涼とした砂漠を1時間走り,PSAに向かいました。

 PSAに到着すると,マルティネス氏が懇切丁寧に施設の説明をしてくれました。彼によれば,以前ESAHERMESプロジェクトで翼前縁の加熱試験をしたことがあるそうですが,宇宙飛翔体の加熱試験自体はこの施設にとって全くのサイドジョブであって,本業は太陽光を使ってエネルギー,環境問題に対処して行きましょうというプロジェクトらしいです。スペインは農業国ですから,農地の国土に占める割合も多く,過剰農薬による土壌汚染の問題が深刻化しつつあるそうで,汚染分をその土地で分解しようと,農薬の水溶液を集光した太陽光焦点付近に流すことで,特に紫外光成分で分解してしまおうとシステムを研究していました。また,電線の届かない僻地においても,太陽集光器+スターリングエンジンで地域の電力をまかなう研究もされていました。

  目指す太陽光加熱試験(もできる)施設は高さ約50mの塔の前方の土地に一枚40mの反射鏡300枚が扇状に並んでいます。この太陽光が畳1畳に集められると単純計算でも通常の太陽輻射の1万2000倍です。効率を考慮しても数MW/mの加熱率が得られます。確かに雄大な施設でした。そうこう驚いているうちに,300枚の反射鏡が一斉に『気をつけ!前へならえ』,同じ方向に向き始めると,あれよという間に空中のある一領域が眩く輝き始めました。まるで,「神光あれと言いたまひければ光ありき(聖書冒頭)」。何もないところにポッカリと光だけがあるのですから,何とも言えぬ,神秘的で不思議な光景でした。

 夕方,マルティネスさんは,「車にエアコンがなくて悪いね」と恥ずかしがりながらも,1時間の道のりをわざわざ僕らをホテルまで送ってくれました。「ここは,まるでロサンジェルスの砂漠のようだね」と言ったところ,それもそのはず,一時期ここで,「インディー・ジョーンズ」などハリウッド映画のロケが頻繁に行われていたそうです。「スペインは物価も安いし,スペイン人の日当も安くてエキストラにいいしね」と呟かれ少し悲しい気持ちになりましたが,いろいろな意味で欧米列強に比べると後進のスペインを太陽光を利用して,エネルギー・環境先進国にしようとする意思を彼は熱く語ってくれました。確かに宇宙飛翔体の加熱試験だけではない壮大なスペインの太陽光施設でした。

(やまだ・てつや) 



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