No.229
2000.4

ISASニュース 2000.4 No.229

- Home page
- No.229 目次
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- ISASニュース編集長就任にあたって
- M-V事情
- 宇宙を探る
- 東奔西走
- 惑星探査のテクノロジー
+ いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

宇宙開発と大航海時代

松 岡 勝  

 2000年4月はオランダ人が2年間に及ぶ航海後,今の大分県臼杵市の海岸に漂着してから400年になる。出発時100名を超える乗組員のうち生き残ったのはわずか20数名になっていたようだ。これより先のマゼランの世界一周の航海では,280名ほどが5隻の舟で出帆し,3年余りでセビリヤ港に帰れたのは,わずか20名弱だったと言う。こうして,コロンブスやマゼラン等がヨーロッパからアメリカ大陸へ進出し,世界一周を果していった15世紀から16世紀の大航海時代は,全地球が人類の交流の場と発展するまでに多くの犠牲を払いながら100年を超える年月がかかっている。進取の気性をもつ彼らは当時の最先端の技術を身につけ何カ月も航海した。この資金は当時の大富豪や王侯貴族の膨大な出資によった。この出資は,人間の本能的な冒険心や好奇心を鼓舞するだけでなく,時には金銀・宝石類や香料など新しい物資の調達で大きな経済効果をもたらした。

 大航海時代に人類が世界に進出していったのと同様に,特に1960年代から70年代には月探査やスペースシャトルへの期待とともに宇宙大航海時代の到来が期待された。物理学者のオニール等が人類の宇宙移住構想を科学的に検討し提案したのもこの頃であった。宇宙への人類の進出は人々の冒険心や好奇心からの発想と言うことでは共通しているが,大航海時代の全地球への進出に比べ違いも多い。犠牲者は大航海時代に比べたら圧倒的に少ないものの,大航海時代には人々が新天地に移住したり植民地化して経済活動ができたが,人類が宇宙に移住したり宇宙を利用したりして経済活動ができる見通しはまだ確立していない。このため,宇宙への進出は大航海時代の発展よりも困難で時間のかかることを覚悟しなければならない。

 放送,通信など情報産業や気象,地球観測,資源探査などの分野では,すでに多大な経済成果が上がっている。一方,天文学や太陽系探査では,宇宙開発でしか得られない研究成果(宝)によって,人々の好奇心を充たしている。これらの冒険心や好奇心の充足は精神文化に影響を与えているが,経済効果は少ない。また,宇宙環境の利用ではバイオや材料科学,医学などでも基礎科学研究の成果が期待されているものの,実用化や応用までにはまだ時間がかかるだろう。

 先駆者が犠牲を払った大航海は100余年ほどで,一般の人々が航海できる実用化の時代にはいった。人類の宇宙への進出ではガガーリンが宇宙を翔んでから39年に,アポロプロジェクトで月に人類の足跡を残してから31年になるが,一般の人々が宇宙に進出するにはまだ相当の年月がかかりそうだ。これは,宇宙は地球に比べても無限に大きく,時間も費用も膨大にかかることと,金銀・宝石の類いには質的な違いがあり,また移住する環境が生物に合っていないなど困難な条件が多いためだろう。これらの諸問題は宇宙開発の宿命であろうが,これを打破するブレークスルーを見つけるか,地道な努力を続けて時機を待つ必要があろう。

 筆者は宇宙科学研究所,広い基礎科学・技術研究を推進する理化学研究所,そして宇宙開発事業団のつの機関を歩いてきた。この30余年で,成果さえ伴えば巨大な基礎科学研究も実現できる時代になってきた。しかし,学問的にどれほど優れた成果が上がるプロジェクトでも経済効果の将来性が全くなければ,予算の制約の壁は超えられない。基礎科学の成果のみに留まる限り,常に他の分野との厳しい競争に曝される。将来の宇宙開発は,長期的には経済効果の上がる「夢」を掲げて基礎から応用に至るバランスある実力の伴った健全な発展を模索しなければならない。今,この「夢」を模索しているところである。

(宇宙開発事業団 まつおか・まさる)



#
目次
#
編集後記
#
Home page

ISASニュース No.229 (無断転載不可)