No.229
2000.4

ISASニュース 2000.4 No.229

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第1回

温故知新

川口 淳一郎  

 惑星探査の動機は,「知らないことを知ってみたい」という,自然科学に共通する人類の基本的な欲求である。ときに専門家のいだく高度の関心でもあり,あるいは素人が期待するわくわくするような好奇心でもある。惑星探査が多くの関心を集めるのも,人知をこえる光景に魅了されうるからで,我々人類がどうやって誕生したか,太陽系や地球創生の過程がどうであったのかという,幽玄の世界に夢をはせることができるからである。わが国初の惑星探査機「さきがけ」と姉妹機「すいせい」がハレー彗星に向けて打ち上げられて,早くも15年が経過するが,「ひてん」,「GEOTAIL」,「のぞみ」そして現在の仕事であるMUSES-Cと,惑星探査に継続して身をおいてこられたことは,エキサイティングの一言である。このシリーズの総論として,名機 Viking探査機をとりあげてみたい。ミッションといい,探査機設計といい,感心するところ多大であり,筆者がこの分野へ足を踏み入れるきっかけとなった。動機を分かち合っていただければ幸いである。

 Viking探査機は2機作られ,1号機1975年2号機1976年に打ち上げられている。探査目的は,火星表面のマッピングとともに,着陸機による表面の光学観測と,表面試料のその場分析で,とくに生命探査が行われたことでよく知られている。着陸機の送ってきた火星の空の明るさは,ある種の衝撃だったに違いない。空が明るいのは,大気があるからである。目前には,ついさっきまで身近にあったのではないかと想像させるような岩がころがり,親しみを感じた方も多かったであろう。母船と別にランダーを降下させることで,質量分析器などに加え,表面のサンプル採取機構と生命検出装置が火星表面に展開されたが,この手法は,MUSES-Cローバ, Mars Express Robot Probe, ROSETTAランダに共通する先進的な観測手法であった。

 この探査で,最もおどろかされるのは,無人の探査機が2機とも,自律的に着陸を達成し,全ミッションを完遂したことである。火星は超遠距離にあるため遠隔操作は不可能で,周回軌道離脱から着陸までのわずかに10数分の間の,すべての操作,判断は機上の計算機によって自律的に行われた。当時,自動で着陸を行うこと自体が,一大 “technology challenge” であった。搭載されたドップラレーダは,高度のほかに水平方向速度を1m/sec以下で計測できる能力をもっていた。しかし,このシーケンスをこなす計算機は,わずかに18kワードのワイヤメモリしかもっていなかった。計算機が急速に進歩し,いまやラップトップですら当時のメインフレーム計算機を優に越える能力をもっており,極めて高度に進化を遂げているのだが,18kワードメモリの計算機とドップラレーダの組み合わせで,2機ともに自律的に着陸をなしとげたことは,特筆に値する。

 探査機の通信系は,いま製作中のMUSES-Cと比べてみると,大変興味深い。S-band and uplinkで,S and X downというその形式は「のぞみ」で採用された方式と同じで,本格的なX up and downlinkという形式への移行段階だった。送信出力は20WMUSES-Cと同じである。高利得アンテナを指向させない状態でのビットレートは,8.33 bpsであって,これはまさに,MUSES-Cが,イオンエンジンを駆動しながら中利得アンテナ(MGA) で確保するテレメトリ回線(8bps)と同じである。高利得アンテナを指向させた場合の回線は,4kbpsで,これもまたMUSES-Cと同じで,宇宙研がこれから行おうという段階の超遠距離通信技術は,25年以上も前にジェット推進研究所(JPL) / Deep Space Net work(DSN)が行っていたことなのである。

 超遠距離における軌道決定精度の高さは,Vikingをはじめ,この時代の一連の惑星探査でいかんなく発揮された驚異である。この分野は,60年代から発達したカルマンフィルタやシステム理論の格好の実験場で,西村名誉教授ら先達の活躍した場でもあった。この時期に培われたJPL/DSNの,高い通信技術や高度の航法技術は,いまだに世界中から信頼を寄せられるNASAの誇りでもある。

 1970年代は,アポロによる月面踏破の一方で,Pioneer-10&11, Mariner-10, Viking-1&2, Pioneer-Venus, Voyager-1&2と,木星,土星,火星,金星へと惑星探査が目白押しだった。火星探査は,近年,Mars Path Finderをはじめ,Mars Global Surveyorが送り込まれるなど,Viking以降も重大な関心を集める対象でありつづけた。巨大探査機時代の反省から,最近は,Faster-Better-Cheaperという合い言葉のもと,低コストの計画を推進する傾向にあるが,残念なことに,Mars Observer, Mars Climate Observer, Mars Polar Landerと失敗が繰り返され,この方針に疑問を感じずにはいられない。宇宙開発は試行機会が少なく,一品料理的な仕事が多いため,同じ火星といっても,確度の高い計画に仕上げるには,膨大な作業が必要である。Viking探査機が2機とも成功できたのは,綿密な検討作業とくりかえし試験によるわけで,マンパワーすなわちコストの投入が成功に貢献したといっても過言ではない。宇宙関係者にとって確信につながる事実を,Vikingから学ぶとすれば,綿密なシミュレーションと十分な試験の組み合わせが,未知の領域への飛行をも可能にさせるという点である。この時代に,かくも高度の探査を可能にできた原動力が何であったかをふりかえることが,温故知新,貴重である。

 総論とは何を書くべきか迷った末,古い話しを書いてしまったが,次回以降は,各分野の専門家が惑星探査に特徴的な最新の技術を解説する予定である。乞う,ご期待。

(かわぐち・じゅんいちろう)


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