No.226
2000.1

ISASニュース 2000.1 No.226

- Home page
- No.226 目次
- 新任のご挨拶
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 送る言葉
- 宇宙を探る
- 東奔西走
- 学びて時にこれを習う
- いも焼酎

- BackNumber

その2

誘導制御の巻

長 友 信 人  

 昔の私はロケットの性能は何といっても比推力だと信じていました。固体ロケットの推力方向を制御する方法として最初に使われた二次流体噴射方式は,固体ロケットのノズルに液体を噴射して横推力を発生する原理でその分ロケットの比推力は下がります。その下がり方を小さくするには横推力の比推力の高い液体が望ましく,世の中ではいろいろな噴射剤を試験していました。「うちでもやってみたらいいと思うんだ」と,秋葉先生の独り言のような命令に従い,私は秒間だけ燃焼する小型固体ロケットに過酸化水素を噴射して一発で成功し,加勇田清勇氏が素敵な推力曲線をとってくれました。これで過酸化水素こそは宇宙研のロケット向きだと吹いたのですから,若気の至りです。

 実は,日産自動車では過酸化水素の他,フレオン等いろいろ試験しておられました。一般的に,小型ロケット実験では二次流体の比推力は低めに出るのが普通で,フレオンは過酸化水素より低めに出る度合いが大きかったのではないかと思いますが,日産の人達も交えた会議で過酸化水素を主張したところ,それに決まってしまいました。宇宙研は長船(三菱長崎)の過酸化水素のサイドジェットを使っていたので,過酸化水素のタンク等の供給系は長船が担当し,日産はロケット周りの配管から先を担当してK-10C-2号機の2段目を実験機として打ち上げることになりました。

 当日は東大総長一行が見学する晴れ舞台でしたが,天気も良く,実験主任の秋葉先生以下,ロケット班,CN班は小型ロケットの割には多い作業を順調にこなして発射時刻が近づきます。2段目に搭載した過酸化水素のタンクの元弁を開け,ロケットの二次流体噴射弁まで過酸化水素を送ると最後の秒読みです。タンクの元弁は爆管と称する火薬弁で,これはうまく作動したのですが,間もなくロケットの1,2段の継ぎ手あたりで白煙が出始めてだんだん勢いが強くなる気配です。どうも過酸化水素が漏れているようでこれはまずいことが起こっていると皆は心配したのですが,このような不具合は想定したこともなく,「避難して下さい」のアナウンスを繰り返しているうちに,当の第2段ロケットが翌日の新聞によると「はい,さようなら」と,予定通り発射されたかのようにまっすぐ飛んでしまいました。コントロールセンターでは来賓一同が轟音と共に外に出て残った煙を観覧されたのですが,地面には2段目に蹴り落とされた1段目が横になって転がっています。これが点火すると大変なので,実験主任は「ロケットの頭に水をかけて冷やして下さい」とスピーカーで指令しますが,「そんなこと!実験主任こそ頭を冷やして下さいよ」と,ロケット班もすぐには手が出ません。何とか水をかけてそれ以上のことにはなりませんでしたが,私自身は総長一行が飛び出してきたのを見ていたような気がするし,ロケット班の林紀幸,東照久両技官等とロケット管制室の中でおたおたしていたような気もするし,山の上から白煙を見ていたような気もするのですが,今となっては全く記憶がないのです。覚えているのは「しまった,これは僕の責任だ」と思ったことだけです。


ランチャー上で白煙を上げるK-10C-2号機

 事故の原因は直接的には元弁の開く速度が速すぎて高圧の液体が運動量をえて下流の配管に高圧を生じたウオーターハンマー現象でしたが,根本的な問題はエンジニアリングマネジメントにありました。事故が起こった箇所は二つの会社のインターフェース部でした。もしフレオンを使って日産自動車が全部まとめていれば,社内試験で確認したでしょうし,長船から見れば,CN用のタンクより大量の過酸化水素を扱うことになったり,ワークマンシップと設計両面で不慣れな体制でこれに臨んだのだと思いました。私は比推力ばかり気にして,ものを作る人達も含めたシステムのインターフェースの設定の重要さを無視していたのです。

 ほどなく事故調査と共に設計変更が行われ,過酸化水素は取りやめフレオンが採用されました。これで私は少し利口になったと思います。

(ながと・もまこと)


#
目次
#
いも焼酎
#
Home page

ISASニュース No.226 (無断転載不可)