No.226
2000.1

<研究紹介>   ISASニュース 2000.1 No.226

- Home page
- No.226 目次
- 新任のご挨拶
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 送る言葉
- 宇宙を探る
- 東奔西走
- 学びて時にこれを習う
- いも焼酎

- BackNumber

すばる望遠鏡が見始めた宇宙

国立天文台ハワイ観測所 海 部 宣 男  


はじめに:すばる望遠鏡の状況

 1999年1月にファーストライトを迎えたすばる望遠鏡は,早期にその高性能を証明したが,システムとしてはその後も山なすバグやトラブルを迎えねばならなかった。それらを克服しながら調整が進み,昨年末にはつある焦点の立ち上げをほぼ終えた。最大の技術課題であった8.2メートル主反射鏡の能動制御は現在完璧に動作し,所期の精度を十二分に達成している。望遠鏡として天体を追う指向追尾駆動も,満足すべき精度に達した。9月には紀宮清子内親王ほか,西田宇宙研所長など日米から多数の賓客をお迎えして,盛大な「完成記念式典」を行った。この間,限られた機能の試験観測装置によるものではあるが,かなりハイレベルの科学的成果が相当数生まれ,国際的にも反響を呼んだ。そうした成果は,10編の「ファーストライト論文」として,2000年2月発行のPASJ(VOL.52, NO.1)に一挙掲載される。さらに数編の論文が準備中である。

 以上のようにすばる望遠鏡は,その建設においては既に大きな成功を収めたと言える。しかし本格的なサイエンスは,これからである。本観測に用いられる正規の観測装置群の試験・立ち上げは,やっと1999年末から始まった。オペレーションやデータ解析をはじめ,すばる望遠鏡をシステムとして完成の域に高め,「ホトケさんに魂を入れる」べき年が,2000年である。2000年後半には共同利用を含む本観測がスタートし,いよいよ科学成果が本格的に出始めることになる。

 試験調整段階にあるすばる望遠鏡だが,本欄は「研究紹介」ということでもあり,上記の試験的観測から得られた科学的成果の一部を概観することにしたい。なおファーストライトの具体的状況や望遠鏡の性能に関しては『物理』1999年4月号にまとめたので,興味をお持ちの方はご参照願いたい。


オリオン星雲の星生成領域

 すばると赤外線カメラCISCOによるオリオン星雲のファーストライトイメージ(Jバンド=波長1.25ミクロン,K'バンド=波長2.15ミクロン,水素輝線バンド=波長2.12ミクロンの,色のイメージの合成)には,豊かな発見が隠されていた。すばる望遠鏡の初期性能とともにファーストライト論文の一つとして出版される(N. Kaifu et al., PASJ, Vol.52, No.1)。

 まず,小質量星が多数検出された。K'バンドで13.5等級より暗い100個あまりの星はJバンドではほとんど検出されず,若い褐色矮星であろうと考えられる。516個の星についての輝度分布関数(図1)は,そうした若い褐色矮星がオリオンのような大質量形成領域で多数生成されていることを,初めて示したものである。また水素分子輝線のイメージでは,新しい星生成構造が多数発見された。原始星が吹きだす高速ガス流が形成した双極星雲と思われる天体も複数ある。さらに水素分子輝線では,大質量星生成の場であるIRc2*の「宇宙うに」のような美しい構造が詳細に捉えられた。分子雲に突入する激しい恒星風が作る針状の衝撃波構造については,なおIRCSなど本格的観測装置による詳細な観測が期待される。

図1 オリオン星雲のK'バンド観測から得られた輝度分布関数。 
   K'等級13.5より暗い(右側)は,ほぼ褐色矮星であろう。  
(N. Kaifu et al., to be published in PASJ,Vol.52, No.1)

 以上のような豊かな新情報を含む画像は,「すばる」の可能性の大きさを示した。京大舞原グループ製作のCISCO(ナスミス焦点用の赤外分光器OHSの一部をカセグレン焦点での試験観測に転用)の活躍,大気条件に恵まれたこととともに,分解能0.3秒角のシャープなイメージが物語るすばるの結像能力,それに大集光力の威力である。

IRc2 オリオン星雲中の赤外線源の一つ。太陽の30倍の質量を持つ原始星(の集団?)。太陽の10万倍もの放射を出していると考えられたこともあり,謎が多い。

- Home page
- No.226 目次
- 新任のご挨拶
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 送る言葉
- 宇宙を探る
- 東奔西走
- 学びて時にこれを習う
- いも焼酎

- BackNumber

原始星L1551-IRS5の二重ジェット

 ファーストライト期間中に得られたL1551領域のJバンド画像は,HSTが可視光での観測で明らかにしたばかりの二重ジェット構造を,見事に捉えた(図2)。角度でおよそ秒半離れて並行に走る二本の小さなジェットは,原始星本体IRS5から10秒角ほどで,明るい楕円状のノットで終わる。このノットは成長しつつあるジェットの先端に生じる衝撃波構造で,マッハディスクと呼ばれる。J及びHバンドでの分光観測で,赤外線ジェットは主に鉄の輝線で光っていることが分かった。HSTの可視光ジェットは,硫黄の輝線による。

図2 原始星L1551-IRS5の二重ジェット(Jバンドのイメージ,視野23" X 23")。
   ジェットは右下に延びる。マッハディスクは上側ジェットで顕著である。  
   下に延びてるのはダスト円盤による散乱(Y. Itoh et al., ibid)。      

 一見平行な二重ジェットだが,中心近くでは微妙にねじれ,IRS5 の赤外線ピークに向けて集束するように見える。VLAによる電波観測で,そこには互いに約40天文単位(天文単位=1億5000万km)離れた二つのダストコアが,ダスト円盤に埋もれていることが分かっている。40天文単位はL1551の距離(500光年)では,見掛けの角度で約0.25秒である。二重ジェットはこの生まれかけの連星からそれぞれ出ているらしい。すばるによる分光解析で,二本のジェットの明るさの違いは吸収などによるものではなく,本来の明るさの違いであることも分かった。そのような違いは何によるのか。またジェットのねじれは10年程度のタイムスケールと推定されるのに,40天文単位離れた連星系の公転周期は250年程度と一桁長い。ジェットのねじれは何が生み出しているのだろうか。まだまだ,謎は多い。詳しくは Y. Itoh et al. (ibid)を参照されたい。

 ダストに深く埋もれた原始星本体との関係を見るには,すばるの中間赤外線(波長10〜20ミクロン)の観測装置であるMIRTOSCOMICSの登場が待たれる。


惑星状星雲のハロ構造

 こと座の美しい惑星状星雲M57(一名,環状星雲)が可視光広視野カメラSprime Camで観測されたのは,5月である。Sprime Camも本来は主焦点用の広視野カメラで8000 X 1万素子のモザイクCCDから成るが,カセグレン焦点でのファーストライトには一部を流用して用いた。星像0.4秒角と可視光では最高レベルにシャープなM57のイメージは,9月の完成記念式典の記者発表を飾った。出版はY. Komiyama et al., ibid


図3 惑星状星雲M57(環状星雲)の可視光(Hα)イメージ。    
   メインのリングの外側に,二重の花びらのようにハロが拡がる。
   (Y. Komiyama et al., ibid)                

- Home page
- No.226 目次
- 新任のご挨拶
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 送る言葉
- 宇宙を探る
- 東奔西走
- 学びて時にこれを習う
- いも焼酎

- BackNumber
 恒星の死と白色矮星への移行段階を飾る惑星状星雲が複雑な構造を見せることは,HSTによる美しい写真でよく知られている。この環状星雲も御多分に漏れず,リング内部の微細なグロビュール構造を示すHSTの素晴らしいイメージがある。すばるのイメージも決してそれに劣らないが,興味を引くのはリング本体の外部に拡がる,バラの花のようなハロである(図3)。二重になったハロの微細構造がこれほど見事に示されたのは初めてだ。大きさは1.2光年から1.8光年。リングと二重ハロの起源については,恒星風と扁平な星周構造,それに中心星からの紫外線による電離の違い等により並行的に形成されたとの,Guerreroらによる統一モデルが有力とされる。今回の観測からは彼らのモデルと矛盾する点は見いだされていないが,このモデルが仮定する“スーパーウィンド”の存在を支持する証拠は,まだない。


深宇宙サーベイ

 F. Iwamuro et al. (ibid)は,ハッブル・ディープ・サーベイ領域の近赤外線による試験的な深宇宙サーベイ(ロケット屋さんの「深宇宙」とは大分距離の桁が違うので,御注意を)の結果をまとめている。K'バンドと2.12ミクロン狭帯域フィルタ(輝線がz=2.2で入ってくる),視野はカセグレン焦点+CISCO2' X 2'である。合計時間の露出で,z=2.2の天体つを同定,またOIII輝線からz=3.2の活動銀河を検出した。

 ファーストライトで試みたz=0.4(距離約50億光年)の銀河団A851の近赤外線と可視光によるサーベイ(M. Iye et al., ibid)でも,すばるの深宇宙探査能力がHSTに劣らないことが示された。R(赤色光),JK'バンドの色で星像は0.45〜0.3秒角,全露出時間は時間半である(図4)。HSTで見えた銀河は基本的にすべて見えているが,新たに特に赤い銀河が二つ同定され,z=1.6程度の距離にある楕円銀河またはS0銀河ではないかと推定されている。また銀河の形態分析でも,HSTに全く遜色ないことが明らかになった。


図4 すばるによる深宇宙(宇宙論的遠方)のイメージ。
   (M. Iye et al., submitted to PASJ)    


その他の観測

 以上のほか,第二の冷たい褐色矮星SDSS1624+00の物理状態を赤外分光観測で明らかにし時間変動の検出を試みた論文(T. Nakajima et al., ibid)がある。ファーストにおける重力レンズ天体PG -1115+080の観測では,HSTの可視光での確認に続き遠方の母銀河を赤外線で確認した(F. Iwamuro et al., ibid)。また,極めて遠方にある活動銀河核,あるいはクエーサーや衝突銀河に関して,めざましい近赤外線観測が多数行われている(T. Yamada et al., ibid,K. Motohara et al., ibid,M. Kajisawa et al., ibid,M. Akiyama et al., submitted to PASJ,M. Ohyama et al., submitted to PASJ)。地上望遠鏡として初めて冥王星とカロンのイメージを分離しての分光を行った観測(R. Nakamura e. al., submitted to PASJ)は,冥王星のエタンの存在に関して,国際的に激しい議論を巻き起こした。

 紙数も尽きたのでそれぞれについては論文をご覧いただきたいが,本格的観測装置の搭載以前の試験調整期間にこれだけの論文が書かれ,多くの研究者がすばる望遠鏡に触れその威力を引き出しつつあることは,まことに心強い限りである。今後への期待が,大きく膨らむ。

 古在前台長による計画実現以来,長期にわたったすばるプロジェクトも,仕上げの段階に差し掛かった。プロジェクトへの支援を惜しまれなかった多くの方々に,この場をお借りして深くお礼申し上げます。

(かいふ・のりお)



#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.226 (無断転載不可)