No.226
2000.1

ISASニュース 2000.1 No.226

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矢 野 創  

 新千年紀の到来を祝うシャンペンの滴のような流れ星の雨を,地中海上空12kmで浴びてから,早や一ヵ月余りが過ぎました。現地時間1999年11月18日午前2時頃,しし座流星群が33年ぶりに大出現したのです。

 水平線に伸びた雷雲へ青白い光の矢が次々と突き刺さる。隕石や宇宙塵が今よりはるかに多く降り注いでいた,原始地球の「日常」とは,多分こんなふうだったのでしょう。彗星起源の水や有機物は少なからずこのような流れ星として上層大気に運ばれ,そして直ちに雷に打たれると生命の基本ブロックである高分子が「調理」されていったのではという夢想までしたくなる光景でした。

 1998年に沖縄上空,1999年には中東〜ヨーロッパ〜大西洋上空で実施されたNASA主催のしし座流星群国際航空機観測ミッションは,いわば大空を「巨大なダスト検出器」に見たてた「百万ドル未満の彗星探査」です。なにしろ探査機を送らなくても,素性の知れた彗星から原始太陽系の化石が「箱詰めで宅配」されてくる千載一遇の機会です。その科学目的は,出現数計測,サイズ分布,立体観測による軌道決定,複数の波長域での分光,大気光観測など,あらゆる角度から一つの流星群を徹底的に解剖することです。しかし研究の詳しいお話は他の機会に譲り,ここではカ国の科学者と共同生活をしながら,カリフォルニア州,英国,イスラエル,アゾレス島,フロリダ州と夜間飛行マラソンを続けた「日間世界半周の旅」で感じた,「有人惑星探査」の長所と短所についてまとめてみます。

 人間が探査機(航空機)の中で観測機器を操ることの利点は,まず故障や不測の事態に柔軟に対処できることでしょう。科学では予想外の現象や偶然の発見の中にこそ,ブレイクスルーの鍵が隠されていることがあります。当初の観測計画になかった自然現象に遭遇したとき,瞬時にその重要性を理解してあえて予定を変更したり,観測方法を工夫できるのは人間ならではです。今回の航空機観測でも流星雨の最中に,火球が消えた後に煙のように残る珍しい発光現象・永続痕がカメラの視野に飛びこんできました。そこで私はルーティン観測を中断してカメラを架台から外し,マニュアルで永続痕を5分以上追いかけました。雷雲から電離圏へと伸びる放電現象「スプライト,エルブス」に遭遇した時も,とっさの判断で貴重なデータを得ることができました。

 しかし有人ミッションの最大のメリットは,個人が目の当たりにした自然現象から受けた発見や感動を自らの言葉で語りかけ,メッセージを受け取った人も自分に引きつけて想像を膨らませられることかも知れません。極大直後に大西洋上の孤島から衛星生中継に出演した時のこと。今の感想を一言,と日本のスタジオから訊ねられた時,まだあの光景が頭の中でプレイバックしていた私の口からは「獅子の雄叫びを見た」という言葉が迷いなく飛び出しました。日本に帰ると,同じインタビューでの科学的示唆はあまり注目されず,その言葉ばかり盛んに取り上げられていました。しかし,バーチャルな日常に漬かっている日本の皆さんに,本物の自然現象を自分の五感で直接受けとめることのスリルと楽しみが少しでも伝われば,それで十分なのかも知れません。

 一方,有人ミッションには勿論,無人探査機では考えられないような欠点もたくさんあります。まず,観測スケジュールから機内の設置まで,すべて「安全第一」の原則に貫かれ,ミッションクリティカルな場面がとても多いことです。それから一日の3分の1は「スリープモード」なので作業効率が悪いこと。無理に起こしておくとエラーが増えたり,十分な睡眠を採るまで「再起動」できなくなります。私の相棒だったNHKのエンジニア氏は極大観測で燃え尽きたのか,最終日の観測途中にフリーズしてしまいました。

 さて,今回の大出現を完璧に予測したことで信頼性がぐんと増した,しし群のダストチューブ構造の新しいモデルによると,2001年11月18-19日には,昨年をさらに上回る可能性のある流星雨の出現が日本上空で予報されています。無人探査機だったらこれにどう臨むべきでしょうか低軌道上の小型衛星からの紫外線分光や大面積をカバーする微光流星観測とか,流星雨の一ヵ月後にス−パープレッシャー気球で成層圏に濃縮したしし群の彗星塵サンプルリターンなんて面白いと思うのですが。

 え本当にその新しいモデルに全幅の信頼を持てるのか,疑っています そういう方には,こっそり教えてあげましょう。実は私,昨年の流星雨の最中に何度も同じ願い事をしていたのです。「2001年にはこれ以上の流星嵐を日本で見せてくれ」と。

(やの・はじめ) 


タッグを組んだNHKエンジニア氏と,観測用航空機内にて。



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