小宇宙 1996.9 No.186

No.186
1996.9

ISASニュース 1996.9 No.186

     
宇宙通信工学(最終回) 宇宙での超遠距離通信,夢のまた夢

平林 久

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 小宇宙「通信」シリーズも最終回,まじめなエキスパートの文章が続いたので,八方破れ(末広がり?)に終わろう。

 超遠距離通信工学という名の部門にいる。このごろ,「ちょう」という言葉が流行っているが,この部門名の方が元祖。英語名は,Deep Space Communicationと名づけられた。これをまた逆翻訳すると,ふつう「深宇宙通信」と訳される。専門用語でいう深宇宙は,月までとか太陽系内ぐらいまでの距離をいう。

 私はもともと天文畑なので,「宇宙」と聞くと百億光年のひろがりをイメージし, 「深宇宙」には深淵の極みの宇宙を感じる。それがたかだか太陽系内ぐらいに使われると,過大広告のように感じる。

 深宇宙という言葉は,人間の宇宙活動の拡大につれて定義が拡大すると考えたい。NASAの惑星探査機のパイオニアやボイジャーが太陽系からとびだしている。ボイジャ ーの発電能力と送受信能力とからみて,21世紀に入っても通信はなりたつ。かくして深宇宙通信の範囲は少しずつ拡大する。

 電波望遠鏡は,ビッグバンによって宇宙が始まった頃の電波をつかまえることができる。この電波は,百億年を超える時間を生真面目に走り続けていたわけで,ほんとにご苦労なことである。

 宇宙が始まって10万年もすると宇宙が晴れ上がり,電波のとおりやすい透明な宇宙の時代にはいる。このとたんに飛び出した電波が今捕まるのだから,これ以上の遠距離の電波通信はありえない。これは,宇宙そのものと人とで交わされた超遠距離通信といえる。

 通信というと,普通は知性体どうしのやりとりを考える。超遠距離通信の記録を大きく書き換えるには,宇宙人の電波を捕まえるに限る。実際、超遠距離通信部門と聞いて,「宇宙人の電波でも捕まえるんですか」と聞く御仁もいる。

 宇宙文明はどの程度離れて存在するのだろう。一千光年先か,一億光年先か。幸い,現状の地球文明の技術でも,伝送レートをぎりぎり落として通信距離を稼ぐと,一千光年の距離との通信も可能である。

 期待する人には申し訳ないが,今の私達の仕事は宇宙の堅い観測に属する。その仕事の中から,宇宙と人とで協力する超遠距離通信を思考実験してみよう。

 星間空間ではメーザー(ご存知 Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation の略)現象が起こっている。広い宇宙空間の特殊な星周辺領域で,OH,H2O,SiO,波を放出する。宇宙空間が増幅器である。

 電波の発生体が等方的に電波を出していても,光速に近づいていくと,相対論的な効果が働いて,進行方向にビームが絞られてくる。これはアンテナでビームを絞ったのと同じである。宇宙でよくみられるシンクロトロン輻射は,素過程としては磁場の周りを螺旋運動する個々の荷電粒子の相対論的ビーム効果によっている。更に,活動銀河核からの高エネルギー電子ビーム全体が中心から飛び出してくると,これ全体が前方にビームを集中させる。このような活動銀河核をビームの前方でみると,実体よりも遥かに輝いてみえる。

 逆に,宇宙で電波や光を集中させるメカニズムはないだろうか。質量があると重力によってレンズの効果を果たす。実際こうして,「重力レンズ」といわれる現象がたくさん見つかっている。その源が星スケールではMACCHO,銀河スケールでは綺麗なアインシュタインリングをみせるものまで見つかっている。

 私たちは自然現象としてのこんな面白い事実を観測している。遠い遠い将来,こんな技術を発展駆使して,宇宙文明と超遠距離通信を展開する時代がきたら,超おもしろそー。

(ひらばやし・ひさし)


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