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特集

宇宙X線で強磁場の世界へ 中性子星の電子サイクロトロン共鳴

榎戸輝揚 東京大学大学院 理学系研究科

 手のひらに載せた方位磁針をくるりと回転させる地磁気。その大きさは、たかだか0.2ガウス程度です。現在、人類がつくり出せる最も強い磁場は50万ガウス程度にも達しています。ところが、宇宙には我々の想像をはるかに超える強い磁場を持つ星々が輝いています。星の一生の最後、超新星爆発の後に残される高密度な星、中性子星は1兆ガウスという、地球上で人類が体感するよりも13桁も大きい磁場を持っています。「すざく」は、まさにこの極限的な磁場の世界を、直接に垣間見る観測を行っています。
 中性子星の中には、通常の星とカップルを組み、お互いのまわりを回っているものがいます(連星X線パルサー)。通常の星は盛んにガスを吹き出していて、その一部は中性子星の強い重力場に引き付けられて流れ込んでいき、ちょうど地球の南極や北極に相当する磁極にガスが落ち込んで、強烈なX線を放射します(図7)。このX線が、磁力線に巻き付いてくるくる運動している電子(サイクロトロン運動)が存在している中を通過してくるとき、磁場の強さに応じたエネルギーのX線が電子によって共鳴散乱され、図8のようにX線スペクトルに吸収構造が現れます(電子サイクロトロン共鳴)。この電子サイクロトロン共鳴のエネルギーが磁場の強さに比例することを用いると、はるか彼方にある中性子星の磁場の強さを“直接的に”求めることができます。

図7 中性子星の磁極にガスが流れ込んでいるイメージ図

図8(左) 「すざく」衛星の硬X線検出器がとらえた、電子サイクロトロン吸収を受けた連星X線パルサーHercules X-1からのX線放射
図9(右) これまでの観測で見つかった連星X線パルサーの電子サイクロトロン共鳴エネルギーと磁場の分布 (Makishima et al.、 1999、 ApJ)

 これまでのX線観測衛星「ぎんが」「あすか」などによって、15個ほどの連星X線パルサーにサイクロトロン共鳴が観測され、その磁場は1兆〜4兆ガウス(1〜4×1012ガウス)に分布していることが明らかになりました(図9)。この磁場分布は中性子星の性質や進化を考える上で重要な情報となりますが、3兆ガウスを超える中性子星からのサイクロトロン共鳴は、過去の衛星では観測が難しく、いまだによく分かっていませんでした。「すざく」に搭載されている硬X線検出器(HXD)は、ちょうどこのエネルギー領域で世界最高感度を達成し、強い磁場を持つX線パルサーからのサイクロトロン共鳴を観測できます。
 連星X線パルサーA0535+262は、「すざく」打上げ直後に明るくなり、「すざく」により3.8兆ガウスに相当する45キロ電子ボルト(keV)に電子サイクロトロン共鳴が検出されました。過去の観測よりも1〜2桁も暗いにもかかわらず検出されたこの共鳴は、これまでで最も強い磁場の観測例となりました。さらに、有名なサイクロトロン天体であるHercules X-1からは、長年の観測にもかかわらず確認できていなかった高調波の検出に成功しています(図8)。2007年末に突発的に明るくなった連星X線パルサーGRO J1008-57の観測では、今まで知られている中で最も高い90キロ電子ボルト付近の共鳴(7.8兆ガウス!に相当)が検出できているのではないかと期待できる観測結果があり、解析が今まさに進んでいるところです。「すざく」による連星X線パルサーの観測によって、これまで以上に強い磁場を持つ中性子星の姿が明らかになってくると同時に、詳細な観測から強磁場中を中性子星へ向けて降り積もっていくガスの振る舞いが明らかになってくることが期待されます。
 最近は、通常の中性子星よりもさらに1000倍近くも磁場の強い「マグネター」と呼ばれる超強磁場星が存在するのでないかともいわれ始めています。宇宙X線観測を通じて、地上では誰も見たこともないエキゾチックな極限物理の世界が明らかになっていくでしょう。

(えのと・てるあき)