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ブラックホール連星系 精度の高いX線スペクトルによって見えてきたブラックホールに吸い込まれる物質の構造

高橋弘充 広島大学大学院 理学系研究科

 X線の波長で宇宙を観測した際に、最も明るく輝いている天体のいくつかは、我々の銀河系内に存在するブラックホール連星系だと考えられています。ここで言う「ブラックホール連星系」とは、図10のように、片方が太陽の約10倍の質量を持つブラックホール、もう一方が普通の恒星、という連星系です(両者が重力で引かれ合い、お互いのまわりをグルグルと公転している)。「え、ブラックホールなら、重力が強く光さえ吸い込んでしまうから、真っ暗な天体なのでは?」と不思議に思われるかもしれません。その通りで、実はこの連星系でもブラックホール本体はまったく光を放射しておらず、X線でサンサンと輝いているのは恒星から吹き出てブラックホールに吸い込まれようとしている物質だと思われています。

図10 ブラックホール連星系の想像図
左側の恒星から、右側のブラックホール(黒い部分にある)に物質が吸い込まれていく。ブラックホール周辺に円盤状にたまった物質が、X線で明るく輝いている。(illustration by Martine Kornmesser、 ESA/ECF)

図11 ブラックホール連星系「はくちょう座X-1」およびGRO J1655-40の「すざく」によるX線スペクトル

 ブラックホールというと、ちょっとでも近づくとその重力に捕らえられて抜け出せなくなってしまいそうな気がしますが、太陽の10倍の質量を持つブラックホールの場合、半径(その内側からは光すらも抜け出せなくなる距離)は、実はたったの30km程度と推定されています。逆に言うと、30kmより外側からは光が抜け出してくることができる、つまりブラックホールに30kmまで近づいた物質を我々は観測することができるのです。これだけ重い天体にこれだけ近い距離まで近づくと、重力エネルギーの大きさは質量に比例し距離に反比例することから、物質が解放する重力エネルギーは膨大なものとなり、これがブラックホール連星系をX線で明るく輝かせる源となっています(地球は、質量が太陽の33万分の1、半径が6000km。つまりブラックホールでは、地球上の約7億倍もの重力エネルギーが解放されている!)。我々はこの周囲の物質が放射しているX線を観測することで、ブラックホール近傍での物質の振る舞い、さらにはブラックホール自体の物理状態の解明を目指しているのです。
 これまでに我々は「すざく」を使って、ブラックホール連星系の中では比較的にX線の光度が低い2天体(「はくちょう座X-1」とGRO J1655-40)の観測を行いました。図11に示したように、「すざく」によって約3桁にもわたる幅広いエネルギー帯域で精度よくX線スペクトルを観測できたことにより、両天体を観測している角度の違いに起因してスペクトルの形が微妙に異なることを、世界で初めて明らかにすることができました。この違いは、球形の構造では見える面積が角度によって変化しないのに対し、円盤のように平べったい構造ではすれすれの方向から観測すればするほど見える面積はどんどん減っていく、という幾何学的な要因によるものだと考えられます。こうして今回の「すざく」の観測によって、「円盤のように平らな構造で落ちてきた物質が、ブラックホールの近傍でいったん膨れ上がってから吸い込まれていっている」というブラックホール周辺における物質の構造を導き出すことに成功したのです。
 ブラックホールに吸い込まれる物質は、ここで紹介した物理状態のほかにも、さまざまな状態に遷移することが知られています。「すざく」、そして今後の衛星の活躍により、ブラックホールについてさらにどのような現象が明らかになっていくのか、期待が膨らみます。

(たかはし・ひろみつ)