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特集

宇宙天気予報から見た「ひので」

亘 慎一 情報通信研究機構 宇宙環境計測グループ 研究マネージャ

図40 情報通信研究機構(NICT)の宇宙天気予報センターで毎日午後に行われる予報会議の様子

図41 Web page(http://swc.nict.go.jp/)によるNICTの宇宙天気情報サービス

 情報通信研究機構(NICT)は、世界11ヶ国が加盟する国際宇宙環境サービス(ISES:International Space Environment Service)の日本の宇宙天気予報センター(図40)として活動しています。「宇宙天気予報」とは、衛星、GPSによる測位システム、地上の送電システムなど人間がつくったシステムや、人間自身の活動に影響を与えるような宇宙環境の状態を予測しようというものです。NICTでは、太陽、太陽風、磁気圏、電離圏という広範な領域のデータをほぼリアルタイムで収集し、常時モニターして、現在の宇宙天気の状況に関する情報、太陽フレア・地磁気嵐・高エネルギー粒子現象の24時間予報、大きな宇宙環境の擾乱発生時の臨時警報などをweb page(http://swc.nict.go.jp/)(図41)や電子メールなどにより提供しています。
 太陽風の擾乱が太陽から地球までやって来るには2〜3日程度の時間がかかるため、擾乱の原因となるコロナホールの位置や大きさ、コロナ質量放出(CME)の発生位置や規模を正確に知ることにより、数日先の予報を行うことができます。これらに関する情報源の一つとして、「ひので」衛星の観測データが使われています。
 太陽からの高エネルギー粒子は速度が速いため、数十分から数時間で地球までやって来てしまいますが、その原因となる現象が発生した太陽面経度により到来時間が異なるので、やはり現象の発生位置を正確に知ることは大切です。
 コロナホールは、X線や極端紫外線で暗く見えるコロナの領域で、高速な太陽風が吹き出されています。コロナホールは比較的安定的に存在し、そこからの高速太陽風による擾乱は太陽の自転周期である約27日で繰り返すことが多いため、「回帰性の擾乱」と呼ばれています。「ひので」のX線望遠鏡(XRT)は、SOHO衛星の極端紫外線望遠鏡(EIT)に比べると観測している温度のカバー範囲が100万度から3000万度と広いため、コロナホールの識別がしやすいという特長があります。そこで、太陽の自転周期である約27日前のXRTの画像と現在のXRTの画像を比べてコロナホールの形状の変化を検討し、コロナホールからの高速な太陽風の影響を推定することができます(図42)。

図42 「ひので」のX線望遠鏡(XRT)による太陽のX線画像
暗く見える部分がコロナホール。左図(2007年11月17日)は右図(2007年12月14日)の27日前のX線画像。南から伸びる大きなコロナホールが回帰しているのが分かる。

 コロナホールからの高速太陽風は、先行する低速太陽風に追いつき、CIR(CorotatingInteraction Region)と呼ばれる太陽風が乱された領域を形成します。この領域が地球を通過する際に、地磁気擾乱を引き起こします。地磁気擾乱の後に高速太陽風が続くと、通信、放送、気象などの衛星で使われている静止軌道において、高エネルギー電子フラックスの大きな増加が起こることが知られています。高エネルギー電子は、衛星の外被を通り抜けて衛星内部の回路や導体に帯電を起こしたり、宇宙機の外被のケーブルシールドなどの絶縁物に入り込んで帯電を起こし(これらの帯電は表面帯電に対して内部帯電と呼ばれている)、その障害の原因となります。1994年にカナダなどの衛星で、高エネルギー電子による内部帯電と思われる障害が立て続けに発生しました。
 現在は11年周期で変動する太陽活動の極小期に当たり、CMEによる宇宙環境の擾乱はほとんどありません。しかし今後、太陽活動が活発になってくると、CMEを発生する可能性が高いとされ、X線の画像で見るとS字状の構造をもつ「シグモイド(コロナ中のねじれた磁場構造)」と呼ばれる活動領域のモニターとして、XRTのデータを使うことができるものと考えられます。XRT画像による数日程度のムービーは、CMEによって生じるX線のアーケードや減光(dimming)領域の形成などCMEに伴う太陽コロナの変化を判別しやすいので、CMEの発生領域を特定するのに役立ちます。シグモイド、アーケード、dimmingといった現象とCMEの関連は、「ひので」の前の「ようこう」によって明らかにされたものですが、「ひので」のデータを使って、実際の予報の中で有効性が検証されていきます。
 NICTでは将来の数値予報に向けた数値モデルの開発を行っていますが、計算結果と「ひので」で得られたコロナの温度や密度分布の比較を行うことにより、モデルの開発にフィードバックできるのではないかと考えています。また、「ひので」がこれから明らかにしてくれると思われるフレアやCMEのトリガー機構、太陽風の加速機構などについての新たな知見を、逐次、宇宙天気予報のアルゴリズムの中に取り込んでいくことにより、アルゴリズムを改良し、より良い予報が提供できるようになっていくものと期待しています

(わたり・しんいち)