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特集

イトカワの衝突クレーターを求めて

平田 成 会津大学コンピュータ理工学部 准教授

 望遠鏡で月を見ると、おわんのような丸い穴がたくさんあることが分かります。これは、隕石が秒速数kmから十数kmという高速で月の表面に衝突してできたもので、クレーターと呼ばれています。大気を持たない天体であれば、ほぼ必ずその表面にはクレーターが存在します。地球にクレーターがあまりないのは、厚い大気を通る際に小さい隕石は燃え尽きてしまうためと、一度できたクレーターも後の地質活動や浸食で次第に消えていってしまうためです。
 イトカワには大気はありませんし、地質活動もほとんどないと思われていましたから、私たちはイトカワでもたくさんのクレーターを見ることになると予測していました。ところが意外にも、今までほかの天体で見慣れたおわん形のクレーターはほとんど見つかりませんでした。その後の詳しいデータ解析で、どうやらクレーターらしい、と解釈できる地形が存在していることが分かりましたが、そのような地形はイトカワ表面全体でたった38個しか見つかっていません。しかも、これらが100%確実に隕石の衝突でできたクレーターなのかどうかは、研究者の間でもいまだに意見が分かれている状態です。
  なぜイトカワにはクレーターが少ない(ように見える)のでしょうか? まず単純に、クレーターは見たままの数しかない、と考えることもできます。単純ではあるものの、この考え方に基づくと、イトカワを含む太陽系の中での衝突現象の生じる頻度について重要な考察を導くことができます。これについては別の記事を参照してください(イトカワはいつ、どこからやって来たか? 参照)。一方で、見たままの数以上にクレーターは存在するが見つけにくい、あるいは過去にはたくさんあったが現在は消えてしまっている、と考えることもできます。
 イトカワで見つかっているクレーター候補は、非常に特異な形状をしていることが分かっています。例えば、ラッコの“お尻”に当たるアルコーナ(旧称ウーメラ)地域はクレーターである可能性が高いと考えられています。イトカワの4面図(イトカワの3次元形状 参照)で明らかな通り、アルコーナは南北方向から見るとまわりに比べてわずかにくぼんでいる一方、東西方向から見ると逆に膨らんでいます。つまり、この地域は馬の鞍のように、見る向きによってくぼんで見えたり、膨らんで見えたりしているのです。平らな地面の上にできるクレーターは、どの向きから見てもおわん形にくぼんでいます。ところが、イトカワのお尻のようにもともと丸みを帯びた形になっているところにクレーターができる場合、その形は元の地面の形に影響を受けてしまうのです。

図7 イトカワの西半球のクローズアップ画像。矢印はクレーター候補地形。

  図7は、ラッコの背中に当たる地域の画像です。この地域にも、よく見るとクレーターらしき小さなくぼみが見つかります。小さいクレーターの場合には、相対的にはイトカワの地面も平らだと見なしても差し支えありません。それでも、ここに見つかるくぼみは非常に浅く、ほかの天体のクレーターに比べて半分ぐらいの深さしかありません。“ボルダー”と呼ばれる岩が散乱している中で、このような浅いくぼみを見つけるのは大変です。ただし、きちんと解析すればこのような特異な地形も発見できるので、単に“見つけにくいから”だけではクレーターの少なさは説明できそうにありません。
 そもそもなぜ、イトカワで見つかるくぼみは浅いのでしょうか? 初めは深かったとしても、後から土砂で埋まれば浅くなります。くぼみが土砂で埋まる現象は、イトカワ上で実際に観察されています。別の記事(イトカワにおけるレゴリスの流動と分別 参照)で説明されている通り、粒の小さい土砂はイトカワの表面でよく移動することが分かっています。土砂の移動による埋没が進行すれば、クレーターが完全に消えてしまうこともあり得るわけです。しかし、イトカワ上にたまっている土砂の層はあまり厚くなく、すべてのクレーターがこの働きで浅く埋められているというわけでもなさそうです。ですから、初めから浅いクレーターができる、すなわちクレーターはあまり消えていないという説も捨て切れません。この説を採る場合、最初に述べたクレーターは見たままの数しかない、という結論につながります。いずれにせよ、イトカワのクレーターの実体を明らかにするためには、今後も詳細な研究が必要でしょう。

(ひらた・なる)