宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 特集 > 「はやぶさ」がとらえたイトカワ画像 > ボルダーの衝突形成

特集

ボルダーの衝突形成

中村昭子 神戸大学大学院理学研究科 准教授

 小惑星は、火星と木星の間の小惑星帯において、お互い秒速数kmの速さで衝突して壊れていっています。衝突で生じた破片の一部は、互いの重力を振り切れずに再集積して、新たな小惑星を構成していると考えられています。このような天体は、研究者の間では30年も前から“ラブルパイル”と呼ばれていましたが、“これぞラブルパイル”という天体が見つかったのはイトカワが初めてです。イトカワの表面は大きさ・形ともさまざまな岩の塊で覆われています。ここでは過去の小惑星探査の例に倣い、大きな岩塊を“ボルダー”と呼ぶことにします。少なくとも最大級のボルダーは、イトカワ表面のクレーターから飛び出したものとは考えられません(本誌5ページ参照)。イトカワそのものをつくった母天体の衝突破壊時に新たにできた破片、あるいは、母天体にもともとあったボルダー(母天体上のクレーターからつくられたものかもしれません)と考えるのが自然です。このことは、イトカワのバルク密度が小さい、すなわち、内部を占める空隙の体積割合が大きいことと相まって、イトカワをラブルパイルとする根拠となっています。
 小惑星が衝突でどのように壊れるか、破片がどのような速度で散らばるのかを調べるために、秒速数kmに加速した弾丸で岩石を破壊する模擬実験が行われてきました。模擬実験で壊すことのできる岩石試料の大きさは、たかだか数cmです。小惑星のサイズは何桁も大きいので、実験室の結果をそのまま小惑星に適用するには限界があると考えられ、1990年代の半ばごろからは室内実験の結果を参照した衝突破壊の数値シミュレーションが行われています。実際、実験室スケールでは自己重力で破片が集積する様子を再現することはできません。コンピュータの中でのみ、ラブルパイルをつくることができます。
  実験室の結果と小惑星の衝突破壊過程の結果を直接比較することは可能でしょうか。実験室の衝突クレーター模擬実験、破壊実験でできた衝突破片は、小さな破片ほど数が急激に増していて、大きさと数の関係が簡単な“べき乗則”で表されています。イトカワの前に探査機が訪れた小惑星エロスについても、同様のべき乗則が見られました。今回、イトカワについてもボルダーをはじめとする岩塊のサイズごとの頻度分布が調べられ、従来とよく似たべき乗則で表されることが確認されています。

図3 玄武岩衝突破片(左)とイトカワ上のボルダー(右)

図4 ボルダー・ペアの例。一つのボルダーが割れてできたかのように見える

 イトカワの画像では、単なるサイズ分布の比較だけではなく、ボルダーの形状を実験室での衝突破片のそれと詳しく見比べることができます。イトカワ上に見つかったさまざまな形のボルダーは、室内実験でできるいろいろな形の破片と、実によく似ています。図3はその一例で、クローズアップ画像で見た不規則形状のボルダーと実験室衝突破片を並べたものです。実験室での岩石破片は、ミクロなひびが音速の数分の1の速さで成長・合体してできると考えられています。イトカワ上のボルダーと実験室衝突破片の形の類似は、実験室で起こるのと同じような破壊の過程が、何桁も大きな規模で起きていることを示しています。
  ところで、イトカワの表面には“ボルダー・ペア”、“ボルダー・ファミリー”と呼ばれる、大きな1個のボルダーが2〜3個に割れてできたかのように見える岩塊があります。図4に示す、イトカワをラッコに見立てた場合にラッコの手元の二枚貝に相当するボルダーは、ボルダー・ペアの例です。これらは、埋もれている大きな岩塊のでっぱりの一部が、そう見えるだけなのかもしれません。しかし、イトカワ上のボルダーが衝突破壊された痕跡の可能性もあります。すなわち、イトカワの表面で惑星間空間にさらされていたボルダーが小天体の衝突によって破壊され飛び散ったときに、イトカワ上に一部とどまったものである、などです。小惑星を構成するボルダーもまた、衝突で形成され、衝突で壊れていっているというわけです。

  

(なかむら・あきこ)