宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 特集 > 大気球特集 高度50km以上を目指す気球の研究

特集

大気球特集 高度50km以上を目指す気球の研究 宇宙科学研究本部 山上隆正
│3│



3.4μm ポリエチレンフィルムの開発

インフレーション製造法で高活性チーグラー触媒を用いた方式では,5.6μm以下の厚さのフィルムを作ることができなかった。1995年ごろよりメタロセン触媒の研究が行われるようになり,われわれはこの触媒に着目し,1997年より超薄膜ポリエチレンの開発を始めた。従来のポリエチレンと比較して次のような特徴がある。

(1) メタロセン触媒はコモノマー組織分布が均一であるため,低分子量高コモノマー成分が極めて少なく耐ブロッキング性に優れている。また高分子量低コモノマー成分が少ないため,低温シール性および透明性に優れている。
(2) 分子量分布が狭いため,均一な成形加工ができる。
(3) 均一なコモノマー分布と狭い分子量分布により,衝撃強度,各種機械的物性に優れている。

このような特徴を生かし,最終的に世界に先駆け厚み3.4μm,折径80cmの新ポリエチレンフィルムを開発することに成功したのが1998年暮れのことであった。開発したフィルムの機械的性能は,常温で破壊強度が400kg/cm2,伸びが500%であり,−80℃で破壊強度が650kg/cm2,伸びが200%と気球飛翔環境下で十分使用できる性能を有している。

1999年9月,この超薄膜フィルムで製作した容積1000m3の気球が高度37km到達に成功し,超薄膜型高々度気球誕生の記念すべき実験となった。薄膜型および超薄膜型気球大型化開発の経過を図4に示した。

2001年の晩秋までに,気球工学班で議論された研究・開発項目はすべて期待した良好な結果を得ることができた。そこで,2002年度に世界最高到達高度を目指した容積6万m3の超薄膜型高々度気球(BU60-1号機)を開発し,飛翔性能実験を行うことにした。
図4 高々度気球開発経過
図4 高々度気球開発経過



BU60-1号機の飛翔実験


開発したBU60-1号機は,自重34.37kg,長さ74.5m,直径53.7mであり,パラシュート・荷姿0.8kg,観測器4.6kgを含んだ総重量は39.77kgであった。観測器には,気球が膨張していく様子を撮影する2台の小型ITVカメラ,高度の計測にはソニー製のGPS受信機を搭載した。

BU60-1号機は,2002年5月23日6時35分に気球実験班および気球関係者の夢を乗せて三陸大気球観測所より放球された。放球方式は,開発した気球保持装置と大型放球装置を用いたセミダイナミック放球方式で行った。気球は毎分260mの上昇速度で正常に上昇し,10時7分に最高高度53.0kmに到達した。図5にGPSによる気球の高度曲線,図6に気球の満膨張の様子を示した。
図5 BU60-1号機高度曲線 図6 満膨張の様子
図5 BU60-1号機高度曲線 図6 満膨張の様子



「高度60km」を合い言葉に


世界に先駆け開発した厚さ3.4μmフィルムを用いた容積6万m3のBU60-1号機は,高度53.0kmに到達することに成功した。この高度は,1972年にアメリカにおいて容積135万m3の超大型気球で達成した高度51.8kmの世界記録を30年ぶりに更新するものであった。この成功は,フィルムの開発,気球製作用接着機の開発,気球保持装置の開発,気球放球装置の開発,セミダイナミック放球方式の開発および基本搭載機器の軽量化の研究が実を結んだものと考えている。

現在気球工学班は,「高度60km」を合い言葉に,気球材料であるレジンの研究,フィルム製造方法の改善を行っており,この夢も近い将来実現できるものと確信している。



 

(やまがみ・たかまさ)

│3│