PLAINセンターニュース第137号Page 2

ASTRO−F 衛星の運用とデータ処理(2)
−データの処理と公開−

山村 一誠
赤外・サブミリ波天文学研究系

馬場 肇
早稲田大学 教育学部


  先月号に引き続き、赤外線天文衛星 ASTRO-F について紹介します。今回は、観測結果が研究者の手元に届くまでのプロセスを中心にふれます。

3. ASTRO-F の観測プログラム

 前号で述べたとおり、ASTRO-Fはサーベイ観測と、ポインティング観測の両方を行うことができます。この機能を生かして、特徴的で有効な観測計画を立てなければなりません。ASTRO-F の観測計画は、その立案方法で大きく三つに分かれています。全天サーベイや、北黄極領域および大マゼラン星雲領域の広い領域をポインティング観測でサーベイするプログラムは、LS (Large Area Survey) と呼ばれ、プロジェクト主体で観測計画の策定、運用が行われます。プロジェクトチームメンバーが優先的に観測提案を出せる MP (Mission Programmes) という枠では、天文学の分野ごとに7つのグループが自主的に検討を進めてきています。全ポインティング観測機会の30%は、公募観測枠として日本・韓国 (20 %)、ESA関係諸国 (10%) へ配分され、広く一般の天文コミュニティから観測アイデアを募ります。

4. データ処理の概略

 ASTRO-Fのデータは、内之浦局とESAキルナ局の二カ所で受信されます。各局から宇宙研までは、ネットワーク経由で転送される予定ですので、観測実行SIRIUSデータベースに登録されると期待されます。データ処理はここから始まるわけですが、その流れは一つではありません。サーベイとポインティングのそれぞれで、データの処理方法は変わってきますし、また当然観測装置によっても必要な処理手順が異なります。

 いずれにせよ、LSの全天サーベイとポインティングサーベイは、プロジェクト主導で進められます。これらの観測のデータ処理は、プロジェクトによって組織された選任チームが行い、処理の結果をサイエンスユーザーに提供します。これは、唯一で均質な処理結果をユーザーに対して保証するためです。一方、そのほかのポインティング観測は、一般の天文台と同じく、生データに近いものがユーザーに渡され、各自が自力でデータ処理・解析を進めます。ASTRO-Fの観測装置に固有な処理を行う部分については、専用のソフトウェアが提供されますが、特にIRCのデータは地上観測のデータに近い形式ですので、各ユーザーが使い慣れた、一般の天文データ処理ソフトがそのまま使えると考えています。以下では、ASTRO-F に特徴的な、全天サーベイデータについて説明します。

4-1. ASTRO-F全天サーベイの成果

 ASTRO-F 全天サーベイは、IRCによる中間赤外線の2つとFISによる遠赤外線 4つの、合計6種類の波長帯で行われます。このデータを用いて我々がまず作成するのが、赤外線(点源)天体のカタログです。処理の時期や方法によって、いくつかのカタログを発行することになっています。サーベイを実際に行っているときには、すでに IRAS 衛星などで検出されている(図1)比較的明るい天体のカタログを順次作成します。


図1: IIRASの観測した赤外線天体の、天球上での分布。
中央の白い帯が天の川で、真ん中で膨れているところが我々の銀河系の中心の方向。
ASTRO-Fは、この10倍以上の天体を検出して、この地図を書き換える。
(IPAC提供:http://www.ipac.caltech.edu/)

これは、初期の研究に用いられるとともに、既存のカタログとの比較によって我々のカタログの正当性を検証し、データ処理システムの調整を行う、という目的も持っています。サーベイ観測が終了(打ち上げから約一年半後)した後、あらためてすべての結果を合わせて最新のシステムで処理し、カタログを作り直します。Bright Source Catalogueと呼ばれるこのカタログが、ASTRO-F全天サーベイの代表的な成果となるでしょう。完成はサーベイ終了後一年以内を目指しています。さらに一年半ほどの間システムの改良を続け、限界まで暗い天体の検出を試みます。 これは、Faint Source Catalogueとして公開されます。いずれのカタログも、まずチーム内で検証をかねて研究に使用され、一年後に世界中の研究者に公開されます。
 カタログだけでなく、空の赤外線画像が欲しい、という要求がユーザから多く寄せられています。きれいな(科学的研究に使える)画像を作成するためには、観測装置の安定した動作と、さらに精度の高いデータ処理が必要です。イメージの作成が可能かどうかは、最終的には打ち上げ後にデータをみて判断することにしていますが、今の内から徐々に準備を進めています。作成・公開にはカタログよりももう少しよけいに時間がかかるでしょう。さらにその先には、サーベイの生データを公開して、ユーザーが自分で解析することも可能なようにしたいと思っています。

4-2. データ処理パイプライン

  ASTRO-Fの全天サーベイのデータは、全ミッション期間でテレメトリの状態で数百 GByte、処理をするためのファイル形式に変換するとその数倍になります。この大量のデータを処理するのに、いちいち人間が手を動かしていたのでは到底追いつかないのは明らかです。従って、高速で、安定して動く、人間の操作を最小限しか必要としないインテリジェントな自動処理システムを構築することが必要です。
 FISの全天サーベイデータの処理パイプラインの開発は、2002年頃から本格的に始まり、現在主要部分の「打ち上げ準備版」が完成に近づいています。パイプラインの開発は、「製作期間」と「試験期間」を交互に繰り返しながら徐々に高度化を図るスタイルで行われています。2005年3月時点で3回目の製作期間にあり、6月から最終の試験期間に入って、打ち上げに望みます。開発は、スペース赤外線分野で世界的に普及している Interactive Data Language (IDL) の上で行っています。

 遠赤外線観測装置は、それぞれの装置が独自の仕様、特性を持っているために、データを処理するソフトウェアも一般化しにくく、FISのパイプラインもほとんどの部分が書き下ろしです。図2にパイプラインの概略を示します。


図2: ASTRO-F の全天サーベイデータの処理の概略。


大まかに3つの部分に分かれています。すなわち、テレメトリデータを集めて内部データ形式に変換する部分、検出器の時系列データの補正・較正を行う部分、そして天体を抜き出したり、測定したりしてカタログを作成する部分です。検出器データの補正には、時間的になるべく長く連続したデータが必要なのに対し、天体を検出したりするためには、ある領域を(別の時間に)観測したデータを集めて処理する必要がありますので、このように分れているわけです。
 遠赤外線観測のデータ処理で問題となるのが、検出器特性の時間変動です。その大きな原因は、宇宙を飛び交っている荷電粒子です。ASTRO-Fのような近地球の周回衛星の場合、ブラジル上空にある「South Atlantic Anomaly (SAA)」と呼ばれる荷電粒子のたまり場が問題となります。ここを衛星が通過するとき、大量の粒子が検出器に当たり、特性を変えてしまいます。通過後は数時間のタイムスケールでまた元に戻っていきますが、完全に戻りきる前にまたSAAを通過する、ということを繰り返しながら運用されていきます。このほかに、一発の荷電粒子のヒットで感度が大きく変わることもあります。このような変動を、装置内部に仕組まれた標準光源を定期的に点灯してモニタし、検出器の物理モデルと合わせて修正していきます。さらに、この種の検出器は、観測する光の変動に対して応答が遅れるという性質があります。これは、空をスキャンしながら刻々と変わる赤外線の強度を正確に測定しなければならないASTRO-F としては大きな問題です。この補正のためにも、いくつかの手段が考えられパイプラインに組み込まれようとしています。

 もう一つ、観測データの較正とは別にサーベイ観測にとって重要なのは、連続して空をスキャンしている間、どの時刻にどの場所をみていたか、という情報です。これは、衛星の姿勢系のデータを基本にし、焦点面に置かれたスターセンサー(FSTS)のデータを合わせて解析することで得られます。この作業は、ESAとの協力の枠組みの中で行われています。最終的な位置決定精度は3-5秒を目標にしています。

4-3. ASTRO-Fデータの配布と利用

 カタログや画像など各種の成果は、一次的には、宇宙研の科学衛星データベース(DARTS)を経由して配布される事になっています。加えて、国立天文台が中心となって進めている仮想天文台(JVO, Japan VirtualObservatory) に、DARTSとしても協力しつつあり、JVO経由でもアクセスできるようになる予定です。ASTRO-Fの全天・無バイアスな点源カタログは、すばる望遠鏡のデータと合わせて、JVOの一つの目玉コンテンツとなる事が期待されているといえるでしょう。既存カタログとの同定などの基礎技術はVOの機能として実装が進められつつありますので、これらを利用する事によって、より高度な解析がより簡単に行えるようになるものと期待されます。

 カタログの内容については、IRAS や IRTS, ISO など、これまでの衛星のカタログを参考にしながら作成しています。既存のカタログとの比較・同定については、そのほとんどをユーザー、あるいはVOに依存し、ASTRO-F チームとしては、評価のための最小限のものにする予定です。
 なお、ポインティングデータの配布方法は、ASTRO-EIIのものを参考にして考えています。

5. 終わりに

 二号に渡ってASTRO-Fプロジェクトとそのデータについて解説してきました。文中で繰り返したとおり、ASTRO-F、そしてその全天サーベイは、これまでの天文学の壁を乗り越える機動力となる重要なプロジェクトです。そしてそれを完遂するためには、これからの総合試験と打ち上げ後の運用に、我々プロジェクトチームがよりいっそうがんばらねばならないのはもちろんのこと、より多くの方の理解と協力が不可欠です。一人でも多くの方が ASTRO-F がやろうとしていることの意義を認めてくださり、出来れば様々な形でプロジェクトに参加して頂けることを願って終わりにしたいと思います。

ASTRO-F URL:
http://www.ir.isas.jaxa.jp/ASTRO-F/index-j.html


( 2.2Mb/4pages)

Next Issue
Previous Issue
Backnumber
Author Index

PLAINnews HOME