PLAINセンターニュース第136号Page 1

ASTRO−F 衛星の運用とデータ処理(1)
−ミッション紹介と地上系の構成−

山村 一誠
赤外・サブミリ波天文学研究系

馬場 肇
早稲田大学 教育学部


 今月号と来月号の二回にわたって、ASTRO-F プロジェクトの紹介をさせて頂くことになりました。第一回目は、ミッションの紹介と地上系の構成などの紹介を行います。データ処理系や、データの配布については、来月号で紹介します。

1. ASTRO-F ミッション

 第21号科学衛星ASTRO-Fは、宇宙研としては初めての赤外線天文観測専用の衛星です。我々は、今からちょうど10年前に、宇宙赤外線望遠鏡 (IRTS) を多目的試験衛星 SFU に搭載し、日本で初めてのスペース赤外線観測を行いました。ASTRO-Fは、この経験を元にして、さらに高度な観測を目指して開発を進めてきたものです。打ち上げ日は現時点では未定になっていますが、来年度中に打ち上げが可能なように準備を進めています。

 ASTRO-F ミッションの目的は、赤外線による全天のサーベイ観測です。天文観測には、特定の天体に望遠鏡を向けて、じっくりと詳細な観測をする方法があります。ASTRO-EIIや、アメリカの Spitzer 宇宙望遠鏡など、「天文台型」と呼ばれるミッションがそうです。これに対して、空を「無差別」(とはいえもちろんよく考えた上ですが)に観測して、新しい天体を発見したり、大量の均質なデータを元にして研究を進める方法もあります。ASTRO-Fは典型的な後者のタイプのミッションです。衛星による全天の赤外線サーベイ観測は、1983年にNASAとオランダ・イギリスの共同ミッションである IRAS によって初めて行われました。IRAS は、惑星を作っていたかもしれない星(ベガ型星)や、遠赤外線で明るく輝く銀河(UIRLG)など、今でも天文学の最前線で研究されている天体を数多く発見し、その後の赤外線天文学の方向を定めた、歴史的にもきわめて重要なミッションでした。ASTRO-F は、IRASから約20年ぶりに、最新の観測装置によって全天のサーベイ観測をやりなおします。IRASに比べ数段良い感度と角分解能、あらたな波長帯によって、数百万個以上の赤外線天体を載せたカタログを作成し、これからの天文学のための基礎データを作成しようとする野心的な計画です。ASTRO-Fが見るであろう数百万個の天体の多くは、IRASでは観測できなかった遠方にあるかすかな銀河だと予想されています。その中には、我々の宇宙の進化史に関わるような、新しい発見をもたらす天体が見つかるかもしれません。

 図1はASTRO-Fの飛翔想像図です。赤外線は、宇宙にあるあらゆるものから放射されています。我々の観測したい天体の中には、マイナス200℃よりもさらに低温のものもありますから、観測する装置や望遠鏡自体が常温のままだと、それらが放つ強い赤外線に埋もれてしまって見えません。そのため、望遠鏡と観測装置一式をすっぽりと真空容器 (クライオスタット) の中に入れ、液体ヘリウムでマイナス270℃近くにまで冷却します。衛星の上部(図1の左側)にある銀色の筒状のものがこのクライオスタットです。通常の衛星機能を司る機器は、ほとんどが衛星下部のバス部に収納されています。


図1:ASTRO-F 飛翔想像図

 ASTRO-Fの観測装置は極低温に冷却されていますから、装置を暖めるような強い赤外線源(=熱源)を見ることは避けねばなりません。最大の「天敵」が、太陽と地球です。ASTRO-F は地球周回衛星ですが、太陽と地球を避け、かつ全天を観測するために「太陽同期極軌道」を取ります。詳細は述べませんが、衛星は北極と南極のそばを通り、常に昼と夜の境界線上を飛行します(おもしろいことに、ASTRO-Fとは逆に太陽を見続ける SOLAR-B 衛星も、同じ軌道を取ります)。このため、衛星運用は毎日早朝と夕方に行われることになり、運用当番は早寝早起きのとても健康的な生活を強いられることになるでしょう。ただ、冷却に用いる液体ヘリウムが徐々に蒸発していくため、すべての観測装置が働くのは、打ち上げ後約一年半に限られてしまいます。

 ASTRO-Fには、二種類の天文観測装置が搭載されます。赤外線は、可視光に近い側から近赤外線 (波長 0.8〜5 ミクロン程度)、中間赤外線 (波長 5〜40 ミクロン程度)、遠赤外線 (波長 40〜300 ミクロン程度)と呼ばれ、それぞれ宇宙の違った側面を見ることが出来ます。観測装置の一台は、赤外線カメラFar-Infrared Surveyor: FIS) と呼ばれ、波長 50〜200 ミクロンの遠赤外線で撮像・分光観測を行います。こちらは全部で175ピクセルしかありません。携帯電話のカメラが100万画素を越える時代にそれだけ?と思われるかもしれませんが、衛星搭載の赤外線観測装置としては、世界のトップレベルの性能なのです。

 ASTRO-Fの全天サーベイは、IRCの中間赤外線カメラ(9 および 20 ミクロン帯)と、FIS の4つの波長帯で行います。全天サーベイ観測の結果は、「専任チーム」によって速やかにデータ処理が行われ、天体カタログやイメージマップの形で世界中の天文コミュニティに提供されます。この辺りの詳しいことは来月号で。

 ASTRO-Fで行う観測は全天サーベイだけではありません。「天文台型」の運用も行います。サーベイ観測時は、衛星(望遠鏡)の向きを連続的に動かして「流し撮り」観測をしますが、この動きを一旦止めて、特定の方向をじーっと観測することが出来ます。とはいえASTRO-F としては、このような指向観測でも常に「サーベイ」を念頭に置いて観測を行います。観測天体・領域の決定は、分野毎にチーム内に形成された「勉強会」で検討・提案される他、日本国内や国際協力を行っている韓国、ヨーロッパ(ESA関係国)からの一般公募の提案を元に行われます。全天サーベイと異なり、指向観測のデータは、一次処理した結果が各提案者に配布され、あとは各自で処理、解析を進める事になっています。

 ASTRO-Fの観測装置開発は日本の研究機関で行われていますが、運用・データ処理に関しては幅広い国際協力が進められています。ESAはデータ受信のための地上局の提供と、サーベイ観測の指向解析、ヨーロッパユーザーのサポートを担当します。FISサーベイデータの処理はイギリス、オランダの4研究機関の合同チームと韓国のソウル大学のチームが、宇宙研・早稲田大学などからなるチームと合同で準備を進めています。天体の明るさの較正のためにドイツとアメリカのエキスパートが個人レベルで参加しています。このような国際協力が進んでいるのも、ASTRO-Fの赤外線全天サーベイデータが、世界中の研究者によって待ち望まれていると言うことの証でしょう。

2. ASTRO-F の地上系

 ASTRO-Fの地上系の特徴と思われるところをいくつか紹介したいと思います。

2-1. データの流れ
 ASTRO-Fの地上系の構成を、観測データの流れという視点から図2にまとめてみました。上にも述べたとおり、ASTRO-Fの地上局としては、鹿児島内之浦局(USC)の他にESAとの国際協力によって提供されるキルナ局(スウェーデン)があります。二つの地上局の使い分けははっきりしており、内之浦ではコマンドの送信と、リアルタイムのデータ受信、およびデータレコーダに記録されたデータの内、衛星ハウスキーピングデータとFISの観測データの受信が行われます。キルナ局では、IRCの観測データの受信のみが行われます。さらに、現在データ量で制限されているIRC全天サーベイのデータクオリティを格段に改善するために、第三の受信局を設けるべく検討を進めているところです。


図2:ASTRO-F の地上系とデータの流れ


 衛星から送られたデータは、通常のクイックルック(QL)で衛星・装置の健全性をチェックした後、SIRIUSに収納されます。実際のデータ処理はここから始まると考えています。まず、いろいろなパケットに分散されているデータから、天文観測データの処理に適当なデータ構造に組み替える作業を行います。このため、SOLAR-Bプロジェクトと共同で、テレメトリデータを工学値変換し、さらに天文業界で標準となっているFITSと呼ばれるファイル形式で書き出すシステムを、富士通およびセックの協力の下に開発しています。変換された生データは、プロジェクト内に設けられたデータサーバ(通称 LDS = Local Data Server)に収納され、これを起点として処理・解析が行われます。

2-2. 観測スケジュール
 ASTRO-Fの観測スケジュールの作成は簡単なようで実は大変難しいことです。天体の位置によっては、ASTRO-Fから観測できるのは半年に一回、たったの2日間しかありません。サーベイでは全天を隙間無くカバーし、重要な天体を漏らさずになおかつ最大限の数の指向観測を行って、ASTRO-Fのリソースを最大限に利用するような観測計画を立てる必要があります。さらに、運用中は装置の状況を見ながら先の計画を常にアップデートしていくことになりますから、想像しただけでも気の遠くなるような作業です。この問題に対して、我々は独自に解析ソフトウェアの開発を進めながら、NASAのゴダード宇宙センターで開発され、ASTRO-EIIなどで使われている TAKO (Timeline Assembler, Keyword Oriented) という観測スケジューリングソフトの利用を考えています。TAKOチームの皆さんには大変お世話になっていますが、具体的なスケジュール案が出てくるのは、観測計画がそろう今年後半になりそうです。

2-3. 運用
 ASTRO-Fの定常運用は、基本的に相模原で行われ、内之浦局にはプロジェクトチームのメンバーは常駐しない予定です。これは何よりも、ASTRO-Fチームがまだまだ小さく、運用(とその他の業務)を出来る限りコンパクトに、効率的に行わなければならないからです。打ち上げに向けた ASTRO-F の運用系の構築は、まさに今始まったところです。ようやく運用室が割り当てられ、環境の整備が始まったところ。これからまだまだやらなければならないことが多々あります。これからも宇宙研の各方面の皆様には大変お世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

 次号では、データ処理系の紹介と、処理されたデータの配布について紹介します。

ASTRO-F の URL :http://www.ir.isas.jaxa.jp/ASTRO-F/index-j.html



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