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「はやぶさ」地球スウィングバイ続報



 工学実験探査機「はやぶさ」の地球スウィングバイについては,すでに6月号で報告がありましたので,今回は発表文には登場しない,運用サイドの話を書かせていただきます。

 「はやぶさ」が,約1年間のイオンエンジンによる加速によって地球スウィングバイを行ったことは世界初の快挙ですが,4月5月の軌道微調整には,推力の大きな従来型の化学推進系を使用しました。この制御量はわずかに27cm/sであり,十分にイオンエンジンで補正できる量だったので,「イオンエンジンだけで地球スウィングバイに必要な精密軌道制御をしよう」という野望もありました。実施すれば,当分は破られることのない世界記録となるところでしたが,記録よりもミッションの確実性を優先して,瞬発力のある化学推進系を使用しました。

 軌道微調整が終わってしまうと,探査機は軌道力学に従って飛ぶだけなので,スウィングバイ自体に特別な運用は必要ありません。しかし今回の地球スウィングバイは,二つの意味で大きなイベントでした。

 第一に,月と地球は,小惑星到着までに接近する最初で最後の天体であり,搭載観測機器の較正をする絶好の機会です。また「はやぶさ」の工学実験項目の一つでもある,カメラ画像を使った自律航法機能の試験をするためにも,この機会を逃すことはできませんでした。これらの試験観測は,担当者としてはひっそりとやりたかったのですが,「はやぶさ」にはカメラが搭載されている,月と地球の写真を撮るらしい,ということが知られてしまったので,“航法カメラ”は“広報カメラ”と化しました。しかし,探査機もカメラも広報画像取得を目的として設計されていたわけではないので,いろいろな運用制約がありました。

 スウィングバイといえばお決まりの「月と地球の同時撮像」ですが,今回は軌道位置の関係で,同時に視野に入れるためには最接近2日前に広角カメラで撮る必要がありました。そうするとほとんど点像にしか写らず,また広角カメラはモノクロであることなどから見栄えが悪く,結局,公開せずにお蔵入りしてしまいました。

 望遠カメラは科学観測兼用のため,8バンドの切替式フィルターによりカラー画像を取得することができます。しかし地球最接近の5月19日には,フィルターを回転させる十数秒の間に地球方向は変わってしまいます。従って,手作業でずらしながら3色を重ね合わせる必要があり,サイエンスチームメンバーの地球画像処理の専門家に運用室に待機していてもらい,広報用画像の即時処理に対応しました。

 今回の画像公開は,処理ができ次第,ホームページに逐次掲載するということで関係各位にご同意いただき,本社広報部の寺薗さん(ISAS固体惑星科学出身)にも運用室に待機いただいて,画像処理が終了次第アップロードするという体制をとりました。新しい広報の形としての試験ケースになったと思います。

「はやぶさ」運用室の作業風景(ビデオ映像よりキャプチャ)

 地球最接近の約20分前(日本時間15時00分)に臼田局の可視時間が終了すると,「はやぶさ」は非可視中に,もう一つのイベントである約30分間の日陰に突入します。「はやぶさ」搭載のリチウムイオン電池は,充電量が多いと劣化が大きいため,普段は必要最小限の充電量で運用していますが,日陰運用に備えて満充電にしました。また,太陽電池発生電力がになっても探査機の異常時シーケンスが働かないように,自律判断機能を無効にしたりするなどの設定が必要でした。十分な検討はしていたものの,20日未明の運用開始時刻に無事に見えてくるまでは大変不安でした。

 運用担当者にとっては非常にハードな1週間でしたが,いろいろな面で,約1年後の小惑星到着時に対する練習になったと思っています。

(橋本 樹明) 


蔵出し「月(左)と地球(右)」画像(5月17日撮影。画像強調あり)

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ロシア宇宙事情1

フォボス・サンプルリターン計画



 ロシアの宇宙陣が久しぶりの挑戦を開始している。一つは「フォボス・ソイル」,もう一つは「クリッパー」である。前者は言わずと知れた火星の衛星フォボスからのサンプルリターン・ミッション,後者は3人乗りの有人宇宙船「ソユーズ」を6人乗りにするための新たな開発計画である。今回は「フォボス・ソイル」を紹介する。

 ロシアの宇宙科学ミッションは何年ぶりであろうか。彼の地では今世紀初の惑星探査計画であり,ご同慶の至りである。目的は,

(1) 火星とその衛星フォボスのin situ(その場)およびリモセン観測,
(2) フォボスのレゴリス(表面を覆っている物質)のサンプルリターンである。

図1 「フォボス・ソイル」ミッション・プロファイル

 2009年9月にソユーズロケットで打ち上げられ,300日前後の飛行を経て火星に到着する。1年間にわたる観測・サンプル収集作業の後,2011年8月にフォボスを出発,再び300日前後の飛行の後,2012年6月に地球に帰還する。1000日を超える長旅である。

 探査機製作の主契約社はラーヴォチキン社のババーキン研究所で,現在確定している科学機器は50kgであり,さらに120kgが搭載可能で,現在募集中。火星表面の小型ステーション,火星大気バルーン,埋め込み式ペネトレーター,もう一つの衛星デイモスへのプローブなど30種を超える提案がなされており,学術的・技術的観点から評価を行っている。とりあえず確定している機器には,テレビカメラ,ガンマ線分析器,中性子分析器,質量分析器,地震計,長波レーダー,ダストカウンター,プラズマ分析器,磁力計などが含まれている。

図2 「フォボス・ソイル」探査機の概要

図3 「フォボス・ソイル」フォボス表面へのランダー

 ちなみにsoilはロシア語ではgrunt(грунт)なので,このミッションのロシアでの呼び名は「フォボス・グルント」である。

(的川 泰宣) 


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