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No.280 |
<宇宙科学最前線>ISASニュース 2004.7 No.280 |
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再び月を目指しませんか?固体惑星科学研究系 春 山 純 一
はじめに自分が小さいころ,21世紀になったら,人は望めば,誰もがいつでも月へ行くことができる時代になっていると思っていた。月には恒久的な基地が作られ,月から宇宙の大海原を見つつ,人々はより深遠な宇宙の謎にチャレンジしていこうとしている,そんな時代になっていると思っていた。しかし,2004年の今,惑星はおろか,月にさえ人は再び訪れることができないでいる。
こんな状況ではあるが,日本は着実に,再び月を目指している。それは,LUNAR-A(ルナーA ISASニュース2002年8月号,田中氏の記事参照)であり,そして,筆者も参画しているSELENE(セレーネ SELenological and ENgineering Explorer;月学と工学の探査機)である(表紙)。SELENEの目的は,月の起源と進化を解明するための科学データと,月から地球を含む宇宙の科学データを収集すること,そして,将来における月利用の可能性を探るためのデータを収集することである。SELENEは,H-IIAロケットにより打ち上げられる,アポロ以来となる本格的な2トンクラスの月極周回探査機である。15のミッション機器が搭載され,1年かけて,これまでに得られているデータをはるかにしのぐ良質のデータを月の全球について収集する。SELENEは今,2006年の打上げを目指して最後の追い込みに入っている。本稿では,月の探査で期待されることを,SELENEのデータでどうアプローチできるかを踏まえて述べてみたい。
月 固体惑星の謎を解く鍵月は地球に最も近い天体である。しかしながら,地球には大気があり,海洋があり,そして生命に満ちあふれている。一方,月はすでに内部の活動を終え,クレータに覆われた「死んだ」星である。なぜ,このような違いが生じているのか。地球を知るという意味でも,月の起源と進化を探ることは必須である。SELENEでは,例えば月の内部進化の最終過程を知り,固体惑星の進化を知る手掛かりを得よう。月は,おおよそ30億年前に内部活動をほぼ終えたが,その後も多少は噴火活動があったようだ。しかし,30億年前から現在に至る「若い」地域は,月進化の最終段階の噴出であるため,噴出量は少なく,従って領域も狭い。狭い領域では,クレータの個数密度によりその地域の形成年代を推定する手法が使えない。そこで使うのが,クレータがどの程度崩壊しているかを調べることで年代を推定する方法である。月面に形成されたクレータは,微小な隕石により徐々に崩壊していく。このことを基礎に直径数百mのクレータの崩壊度を調べると,30億年前から現在までのいつごろできたかが推定でき,またその地域の形成年代も推定できる。 これまでに得られている月表面の画像の解像度は,赤道域東半分の20%程度が10m以下であるものの,ほとんどはせいぜい数百mである。SELENEには,水平分解能10mの高解像度ステレオ視用カメラ「地形カメラ」が搭載される(図1)。地形カメラによって「若い」地域が探し出されよう。それらの地域について,SELENEに搭載されるマルチバンドイメージャ(可視域5バンド〔水平分解能20m〕,近赤外領域4バンド〔水平分解能60m〕のカメラ,図1)やスペクトルプロファイラ(数nmの波長分解能を持つ連続分光器)などにより,どんな物質がどのように存在しているかを調べることで,月の内部活動の終焉期における物質分化の様子が解明されるだろう。これらの研究結果は,ひいては地球を含む固体惑星の熱史の解明に寄与しよう。
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月 太陽系の化石の宝庫地球には大気があり海洋があり,そしてプレートの動きにより,表層はすでに過去のものとは大きく異なってしまっている。一方,月に残された地形は地球−月系が過去に受けた隕石重爆撃の履歴そのものである。従って,太陽系がその昔どのような状況であったかということを知る上で,月は重要な情報を持っている。月は太陽系の化石の宝庫といえよう。このことも月の探査が重要である理由の一つだ。先に述べたように,月の直径数百mのクレータは,崩壊度を調べることで,30億年前から現在までのいつ小天体が降ってきたかを推定できる。太陽系のそばを他の恒星が通り過ぎることで,太陽系外縁部にとどまっていた彗星の軌道が乱され太陽系内惑星領域に落ち込み,地球にも彗星が大量に降ってくるという仮説がある。その周期は数千万年といわれるが,それが確かめられるかもしれない。
ところで,月には彗星は落下したのであろうか?
「こうした渦巻き地形は,彗星のまき散らした細かい塵が,月面を深さ1m程度かすめとって,ほかの所に堆積させてできたものではないか」 という彗星衝突説がある。一方, 「磁気異常によって,表面にミニ磁気圏が生じ,太陽からの水素イオンが月面へ衝突しないように曲げられ,その結果,水素イオンの衝突によって起こると考えられている宇宙風化作用が起こらず,明るい反射率が保たれているのではないか」 という太陽風非衝突説といったものもある。月面上の奇妙な渦巻きの成因が,彗星衝突か太陽風非衝突なのかも,SELENEで決着がつくかもしれない。例えば,二つの説の差は,この地域の数十〜100m程度の小さなクレータの個数や,その内部の宇宙風化度の差になって現れよう。これまでのところ,それを確かめる高解像度データはないが,SELENEに搭載される高解像度の地形カメラ,マルチバンドイメージャ,スペクトルプロファイラなどのデータにより,その詳細を調べることができるのである。
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月の極 氷はあるのか以下のような説が以前から出されていた。「多量の水を含む彗星が月に衝突する際,水は微量だが月に残る。これらの水分子は,月表面で熱せられ,温度に見合った速度分布を持って月の表面を飛び跳ねるようにして移動する。その多くはやがて宇宙空間へと飛び去るが,月の極にたどり着くものもある。月の極には,一年中日が当たらない個所(永久陰)がある。永久陰は極低温であり,そこに入り込んだ水分子は移動距離がほとんどなくなり,たまっているはずだ」
1994年に打ち上げられた米国のクレメンタイン衛星は,月の永久陰の候補を見出した。また1998年,やはり米国が打ち上げたルナープロスペクター衛星の中性子観測は,月の極に水素の濃集を見つけた。この水素濃集は,水の存在する証拠ではないかと考えられた。しかし,水分子が簡単に飛び跳ねていけるか,仮に飛び跳ねていけるとしても,飛び跳ねているうちに太陽紫外線により壊されてしまう確率が高く,実際,極にたどり着けるのか,はなはだ疑問である。一方, 永久陰といっても,クレータ壁の反射光で若干であるが明るいと考えられている。最近,中村氏(JAXA)・松永氏(国立環境研究所)らは,反射光で照らされた永久陰に氷があれば,SELENE搭載のスペクトルプロファイラで検知できる可能性を示唆している。またSELENEでは,ガンマ線分光計でより精度よく水素の濃集が把握されるほか,粒子計測器や磁場計測器で水素イオンの量・運動方向が把握される。極域にどれだけの水素イオンがもたらされるのか,観測期間を通じて詳細に調べられる。これらの結果によって,極への水素イオンの打ち込みが,永久陰における水素量にかなうのかどうかが分かるはずである。 水素にしろ水にしろ,将来の月での活動に非常に重要になることはいうまでもない。また,月の極に彗星起源の水があるとすると,水素,酸素以外に彗星によって炭素や窒素も供給されていよう。供給された炭素や窒素は,水の氷と共存しているが,そこには紫外線や宇宙線が降り注いでいる。紫外線や宇宙線により,氷の中で有機物の生成消滅が繰り返されているかもしれない。月の極における水の存在の有無を調べることは重要であり,SELENEの成果が期待される。
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月の天然基地,溶岩チューブ
将来,月は探査の対象から,人類の活動の拠点へと変貌するであろう。問題は,月面という過酷な環境で人類が恒久的に活動をしていけるか,ということである。しかし,どうやら月には素晴らしい天然の基地候補が用意されているようである。それは,溶岩チューブと呼ばれる横穴である。溶岩チューブは,火山から噴出した溶岩が,穴を作って流れていくことによりできるもので,日本でも例えば富士山麓の青木ヶ原などに多数存在する。月面には,クレータが連なって存在している所がある(図3)。これは,この下にチューブが形成されているため,小さめの隕石でもチューブの天井が崩落する形でこのようなクレータ群が形成された,と考えれば説明がつく。月の溶岩チューブ内は,隕石や宇宙線から機器や人が守られるであろう。月の溶岩チューブには数百度も変動する昼夜の月表面の熱変動は到達せず,筆者や宮本氏(東大)らの検討結果では,チューブ内部は摂氏0度付近で安定していると考えられる。また,チューブの底は,あまり苦なく歩けるくらい滑らかである。しかも月のチューブは,大きいもので横幅数百m,高さ数十mにも及ぶと考えられている。これだけの安全で巨大な空間が,月には天然に用意されているのである。チューブの高さが数十mにも及ぶものであれば,SELENE搭載地形カメラで,その入り口が発見できる可能性がある。
図3に見られるような点状のクレータのつながりは,火星にもある(図4)。火星は,地下に水を有するといわれる。水がもし地下表層に存在するとすれば,こうしたチューブの中を流れるはずだ。チューブの中を流れては干上がることを繰り返している可能性がある。となると,こうしたチューブは,水が適度に供給され,かつ定常な温度を持つ放射線から守られた環境として,生命が誕生し得る適当な場所だったかもしれない。月は,大気も海洋や森林などもなく,溶岩チューブの広がりや形状を大局的に把握するのに非常によい。月において溶岩チューブを調べることで,固体惑星のチューブ形成による溶岩台地形成の研究,将来の火星のチューブ探査,そしてチューブ内の生命探査につながることになろう。
最後に本稿は誌面の関係もあって,かなり偏った月の探査に期待されることの紹介となった。SELENEでは,ここに述べきれなかったさまざまなデータが取得され,研究される。これらは,21世紀の月惑星科学の重要な基礎データとなるであろう。そして,SELENEデータは,月に再び人が訪れるための基礎データにもなる。 皆さん,再び月を目指しませんか。 (はるやま・じゅんいち) |
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