No.266
2003.5

<研究紹介>   ISASニュース 2003.5 No.266

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安全性重視の大学教育プログラム用ロケット
dash 実用ブースタなどへの応用も視野に入れて dash  

宇宙開発事業団 長 島 隆 一  


 私は,普段マネージメント的な仕事に明け暮れていますが,大学にも席があるため,研究の真似事も息抜き(?)を兼ねてしています。この研究は,今までのロケット屋のアプローチとは異なり,「安全性」を第一とした大学教育用を目指したものでしたが,結果として,性能(比推力:自動車の燃費に相当)は固体ロケットの約1/4にもなり,安全性のみでなく,エンジン部の冷却が不必要な簡単な機構の安価な液体ロケットになることがわかり,実用にも使えそうです。

 このロケットは,燃焼反応をいっさい用いない「二液(LN2/H2O)式コールドガス・ロケット」すなわち,液体窒素(LN2)と高温高圧に予め加熱した水(H2O:液相状態)とを混合室(通常の燃焼室に相当)に噴射・混合することにより,水の熱容量により蒸発された窒素ガス(含:水の液滴)がノズルより噴射し推力を発生するメカニズムをもっています。この新しいロケットを面白がる方も多く,また,二,三の大学で試作を試みようとの動きもありますので,紹介いたします。


1. 研究の動機

 宇宙教育プログラムの一環として,従来から「小型衛星」はとり入れられている例が多いのですが,ロケットとしては,「水ロケット」や「モデル・ロケット」が主流を占めており,玩具の域を出ないものが多く,大学レベルのものがほとんどないのが現状です。これは,次のことがネックとなっているためと思われます。

(1)  広い打ち上げ場所がなかなか見つからないこと。
(2)  固体や液体ロケットには,燃焼が伴うため,爆発や火災などによる傷害が心配されること。
 一方,「ハイブリッド・ロケット」を研究する大学グループがあり,プラスチックを燃料に,液体酸素(LOX)を酸化剤に用いた小型ロケットを北海道大樹町の多目的航空公園で2001年度から飛翔させています。このグループでは,航空公園の使用により,上記(1)の問題は一応解決できると見込み,またハイブリッド化することで,燃焼過程は避けられないが,爆発事象は回避できるため,上記(2)の問題は最小限に抑えられると考えています。しかし,LOXを取り扱うことについて,宇宙開発機関などからは,漏れた場合,空気に対する比重が1.11と大きいので拡散し難く,ある意味で水素(比重/空気:0.07)より危険であり,また可燃物がないようにタンクや配管類の内部も十分洗浄を行うことが必要であると云う意見も出されています。

 私は,これらの活動にメンバーの一人として参加していますが,手作りロケットを試作するのであれば,「安全性」を最も重要視し,性能的には従来のものより劣っていても大学研究レベルに耐えられ,環境への配慮もなされ,研究室レベルの費用で製作可能な安いロケットが,特にプログラムの初期の研究では必要ではないかと思っています。

 以下に,このような視点に立ち,最適なロケットへの選択過程を述べ,結果として,「二液(LN2/H2O)式コールドガス・ロケット」が適することを示します。



2.教育プログラム用として必要な条件

 教育用として必要な条件を以下の様に想定しました。

(1)  十分安全性が確保できること
プログラムの初期では,大学の研究室で日常遭遇しているリスク・レベルを目標とすべきです。
(2)  環境への影響の少ないものであること
(3)  極めて安価であること
(4)  大学レベルの研究に値するものであること
(5)  実用ロケットへの発展性があること
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3.ロケットの選定過程

3.1適合する推進薬の候補

 上記の条件に適応可能な推進薬候補としては,次の理由により,「窒素(N2)」と「水(H2O)」の2種類しか残りませんでした。

(1)  既存あるいは従来から研究対象になってきた推進薬は,安全性と環境への配慮から全て除外され,不活性ガスと窒素,水が残ることになります。
(2)  しかし,不活性ガスも希少・高価です。
(3)  窒素は,ガス状のみでなく極低温状態でも日常良く使用され,環境への影響もなく,安価(LN2>:約100円/liter)です。
(4)  水は,最も安全で,コストはゼロに近いものです。

3.2窒素ガスによる推進

 ロケットとして成立しうる性能(比推力)を得るためには,次の理由から,「LN2」を加熱しガス化したものを噴出する方法が優れています。

(1)  水ロケットに見られるように,水を液相のまま放出することは最も簡単な方法ですが,実用ロケットとしては物足りなく,噴射速度を増加させるためにはガス状態とすることが必須となります。
(2)  噴射時は気相状態にするべきですが,推進薬タンク内では,容量を小さくするために液相状態で蓄積しておく必要があります。それ故,H2Oは貯蔵に問題はないのですが,N2は極低温状態にしておくべきです。
(3)  液相を気相に変換するためには,加熱用エネルギー源を別途準備しなくてはなりません。LN2H2Oより,蒸発潜熱が約1/11倍で,比熱が約1/4倍ですので,沸点以上に加熱するならば,LN2の方が優れた媒体となります。例えば,打上げ直前の状態から,373K(100℃)まで加熱する場合,LN2では510[kJ/kg]ですが,H2O2,560[kJ/kg]に達し,エネルギー量が約5倍も多く必要になります。

3.3LN2加熱方式の検討

 LN2を加熱する方法としては,次の理由により,熱容量が大きいH2Oをヒータにより高温高圧の液相状態に予め加熱しておき,これとLN2とを混合室に噴射・混合し,水の熱容量によりLN2を蒸発させるメカニズムが適しています。

(1)  化学反応を伴うもので,LN2を加熱することは安全性の前提から初期段階では除外される方式となります。
(2)  H2Oは熱容量の大きいことから推進薬として用いることは除外されましたが,この特性を逆に活かして,「加熱源」として使用する方法が考えられます。
(3)  H2Oの液相での熱容量を増加させる方法として,飽和圧力を高めることにより,沸点を上げる方法があります。例えば,大気圧下では沸点は373K(100℃)ですが,約1.5MPa下では,473K(200℃)と,通常のガス圧送方式のロケット・タンク圧レベルにしますと,約100K引き上げることが可能となります。なお今回の検討では,473K/1.5MPaレベルの高温・高圧状態は大学の研究室の許容範囲内にあると想定しました。
(4)  H2OLN2との熱交換方式としては,「熱交換器による方式」と「両者を混合室(通常の燃焼室に相当)にシャワーのように噴射し混合する方式」とがありますが,後者は,熱平衡に近い状態まで水の熱量を利用することが可能ですので,これを採用しました。
(5)  なお,熱源として使用済みとなったH2O液滴は,GN2と混合状態で外部に排出されるため,従来の「二液式液体ロケット」の機構に似たシステムとなります。
(6)  エンジンスタート時での「着火装置」が本方式は不要ですので,信頼性の点でも優れたものとなります。

3.4冷却が不要になる混合室/ノズル

 混合室(内部温度:約320K)/ノズルには,高温の燃焼過程に起因する「冷却問題」がありません。そのため,ノズルのガス剥離を避け,効率を高める方式の「プラグノズル」や「Dual-Bellノズル」(従来は,冷却問題等がありました)などが容易に採用可能となります。また,剥離問題が解決することから,従来の燃焼圧力に相当する混合室圧力を高くする必要性がなくなります。

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4.二液(LN2/H2O)式コールドガス・ロケットのシステム系統の一例





 本システム系統の構想の一例を図1に示します。今回は,最もシステムが簡便な「ガス圧送方式」とし,ノズルは高膨張比が可能なプラグノズルを想定しました。

 打ち上げ直前には,LN277.4K/1atm(沸点)に,またH2Oはヒータで加熱が行われ,473K/1.5MPa(沸点)に設定し,万が一,規定を越えた場合には,安全弁を機能させます。

 混合室圧力:Pcは極力低くし1[MPa]程度に設定しています。これは,通常のガス圧送方式の液体エンジンの燃焼圧力と同等です。それ故,作動中のタンク圧力は,約1.5[MPa](=1[MPa]×1.5)レベルにする必要があります。なお,H2O側は打上げ直前から1.5[MPa]ですので,簡便な運用に好都合な圧力となっています。

 気蓄器内の駆動ガスとしては,低コスト化を考え,GN2を用いることにしています。気蓄器圧力は,通常約20[Mpa]で,調圧弁により減圧(1.5[MPa])されます。

 なお,LN2/H2Oの平均比重は約0.9なので,タンク容量は小さく収まり,ロケットの小型化に寄与します。これは,タンク容量が大きくなるLOX/LH2(液体水素)ロケットなどと比べ,大きなメリットと言えます。

5.性能(比推力)推定

 混合室/ノズル内を,窒素ガスと水粒子は混合された二相流の状態で流れますが,粒子径は十分小さく,ガスと粒子の速度は同一で,両者は熱平衡状態にあるなどの簡単な仮定をして,性能計算を試みました。

 粒子含有率:β(全質量に対する水粒子質量の比)或いは混合室温度:Tc(燃焼温度に相当)との関係で図2〜図3が得られます。ただし,混合前のH2O温度は473K(200℃),LN2温度は77.4Kとし,ノズル面積比は,プラグノズルを用いることを前提とし,100と仮定しています。これらから次のことが解ります。

(1)  一般に,混合室温度:Tc0.5乗に比例して,比推力(Isp:燃費に相当)は一般に向上しますが,図2に示すように,本方式では,Tcを増すためには,β値すなわちH2O量を増加する必要があります。
 


(2)  ただし,H2O量を増加すれば,比推力が単純に増すわけではありません。β値により混合ガスの平均的な比熱比や分子量が変化を受け,比推力(真空):Ispは,図3の傾向を示します。GN2のみの場合(参考)には,Tcの増加に伴い,Ispはこの範囲で直線的に増しますが,本方式の場合には,Ispは途中から低下傾向を示し,両者は,ほぼTc=340Kで交差し逆転します。
(3)  本方式の最適β値としては,0.4程度が推奨できます。これは,Tc=320Kに対応する値(図2参照)であり,ほぼ最大Isp(理論)=83[sec]が得られる値です。実効的な比推力としては,75[sec](≒83[sec]×0.9)が達成可能と推定されます。これは,固体ロケット(比推力:280[sec]レベル)の約1/4にあたります。
 

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6.実用ロケットへの発展の可能性

 本システムは,次の理由により実用ロケット,特にブースタ(第一段ロケット)への発展性が望めます。

(1)  推進薬は安価かつ密度も高く,機構も簡便なため,大型化が容易であり,高い安全性により,打上げ時の爆発事故の問題も避けることができます。
(2)  適用例としては,高比推力であるよりは大推力であることが要求される「ブースタ」や「補助ブースタ」として適用の可能性があります。図4に,達成可能な速度増分量を示しますが,約1,000[m/s]が目安となるでしょう。これは,M-V第一段目が達成する最終理想速度の約1/2にあたります。
 


(3)  無重力実験用の弾道飛行する小型ロケットとしても使用できます。
(4)  エンジン冷却が不要ですので,パラシュートで回収する「再使用型ロケット」とすることも容易です。
(5)  高性能化を図るためには,例えば「多段式」化を取り入れることや,加熱源として,小型固体ロケットなどを用いることも可能です。

(ながしま・りゅういち) 


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