No.266
2003.5

ISASニュース 2003.5 No.266

- Home page
- No.266 目次
- 所長辞任のことば
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- M-V-5号機/はやぶさの打ち上げ成功
- 科学衛星秘話
- 科学観測気球大空へ
- 東奔西走
+ いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

“柔らかい”をキーワードに

通信総合研究所 理事長 飯 田 尚 志  

 あの人は“堅い人”だというと信頼できる人だという意味がある反面,堅物でとっつきにくい,融通がきかない人というような印象もある。反対に“柔らかい人”という言葉は聞かないが,何事も柔軟に考え,対応する(できる)人も当然いる。私はどちらかといえば柔らかい方が好きである。

 柔らかいというのには,発想の転換とか,チャレンジ精神とかも含まれると考えると,研究はクリエイティブな活動であるので,柔らかい活動そのものだと思う。ところが,今の若い人の多くはきちんとした路線,いわば“堅い”路線を要求しているように見える。例えば,組織のトップが何を考えているか示してくれないと困るという。私も大いに反省はするのだが,どうもどこの組織でもそのような傾向があるらしく,社長なりのビジョンとか考えの浸透が強く言われる。そこで,会社のトップは一所懸命本を読むなど勉強して何か言おうとするという。しかし,そんなものは何の役にも立たないのが普通らしい。一方,私の若い時を思い出してみると,当時,私はトップに何か言って欲しくなかったし,聞きたくもなかった。私が生意気なのかと思って,私の同期生の一人に話したら,我々の時代にはむしろ自分の考えをトップに分かってもらおうという活動をしたということであった。我々の時代精神だったのだろうか。

 ところで,宇宙開発というと“堅い”計画が要求される。たくさんの税金を使って社会的にもインパクトの大きいプロジェクトを行うから,計画をきちっと立て,予定通り進めるといった堅いこなしが求められるのは当然である。プロジェクト構成員もそのような特性が求められる。しかし,そもそもの計画がどうやって出て来たのかとなると,初期には非常に柔らかい考えが基になっているものである。私の例で恐縮であるが,1980年代前半に筆者らはミリ波パーソナル衛星通信システムというのを提案した。ミリ波帯となれば大容量の通信が可能であるが,降雨減衰が大きくなり回線稼働率を高くできないというジレンマがあり,もう一歩強力に推進する力に弱いものがあった。筆者らは,衛星回線を直接ユーザ回線に使うことにすればそれほど高い稼働率は必要ないのではないかという考えの下に,ミリ波パーソナル衛星通信システムを提案した。これは当時としては新しい概念であった。衛星通信が最後は家庭の電話に繋がるのだからパーソナルである,なぜパーソナル衛星通信が必要なのかという反論があったと聞く。このミリ波パーソナル衛星通信ミッションはETS-VIのミッションの一つとして実現したが,静止軌道投入に失敗してしまい残念であった。

 宇宙開発の中でも一番堅いのを要求するのは有人宇宙開発であろう。人命の安全に関わる開発については,最も堅く考えるのは当然であるし,それだからこそ壮大な計画である。しかし,今まで我が国はそれに本格的に挑戦することから逃げてきた。少し前まで,有人という言葉自体が禁句だったと聞く。しかし,現実には宇宙ステーションJEMにおいて我が国の有人宇宙技術は着実に進んでいる。今こそ,柔らかい発想で何とか有人宇宙開発を進めることができないものであろうか。

 私はISASの前身である宇宙航空研究所が駒場にあったころ大学院の5年間を過ごし,また,普通には定年という年齢に達したことから,本欄への執筆のご依頼があったのではないかと想像するのだが,この雑文が諸兄のお目に止まれば幸いである。

(いいだ・たかし) 


#
目次
#
編集後記
#
Home page

ISASニュース No.266 (無断転載不可)