No.244
2001.7

ISASニュース 2001.7 No.244

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第22回

高速中性粒子の観測

淺 村 和 史  

 地球近傍の宇宙空間には地球半径の十倍(昼側)から数百倍(夜側)のオーダーの大きさを持つ磁気圏が存在します。磁気圏にはこれまでに多くの磁気圏探査衛星が打ち上げられ,広範な領域にわたってプラズマの直接(その場)観測が行われてきました。宇宙研のGeotail衛星はその代表例です。

 ところが,磁気圏でのプラズマ観測には観測された変化が時間変化なのか空間変化なのかを分離するのが難しい,という問題点があります。荷電粒子は磁場の周りを旋回運動(Larmor運動)しますから,観測データに含まれる情報は観測点近傍のものに限られます。地球磁気圏でのLarmor半径103kmのオーダー以下で,磁気圏全体に対しては小さなスケールです。

 この問題はプラズマ観測にとっては本質的なものですが,プラズマの情報を持ちつつ,遠方にまで到達できるものを使ってある程度解決できると考えられます。その候補の一つが高速中性粒子(Energetic Neutral Atom;ENA)観測です。地球近傍には希薄な低温中性水素の大気が存在します。この低温中性水素と磁気圏高エネルギープラズマ粒子(今回はイオン)が荷電交換衝突をすると,高エネルギー中性粒子,つまりENAが生成されます。ENAには,
(1) 電磁場の影響を受けず,弾道飛行をするので,生成領域の情報を持ったまま離れた領域まで到達する。
(2) 荷電交換では運動量交換がほとんどないため,ENAのエネルギーはほぼそのまま生成領域のプラズマ粒子のエネルギーを反映する。
(3) ENAの粒子種は生成領域のプラズマの粒子種を反映する,
といった性質があり,撮像観測することでプラズマ観測と相補的な役割を担うものと期待されています。

 ENAを観測するためにはいくらかの工夫が必要です。数十keV以下のエネルギーのENA観測には検出器としてMCP(マイクロチャンネルプレート)がよく用いられますが,MCPは紫外線にも感度を持っています。そして,地球磁気圏では低温中性水素大気によって共鳴散乱される太陽紫外線(波長121.6nm)フラックスがENAより圧倒的に多く,紫外線の除去は必須です。そこで,ENAをイオン化し,静電場などを用いて軌道を偏向して紫外線から進行方向を逸らすことが考えられます。ENAを電離するためには,ENAに非常に薄いカーボン膜を通過させる方法があります。ENAの粒子種や入射エネルギーにもよりますが,例えば2.5nm厚のカーボン薄膜に10keVのHが垂直に入射した場合,反対側から出射した粒子の約20%H+になります。ただし,カーボン薄膜を使う場合,低エネルギー,重粒子になると薄膜を通過する際の角度散乱が大きくなり,またエネルギーロスも無視できなくなってくることから,軽い粒子で高エネルギー(Hなら数keV以上)の方が適しています。このほか,仕事関数の低い表面に粒子をすれすれの角度で入射させ,負イオン化する方法もあります。この方法はカーボン薄膜では電離が困難な100eV程度のエネルギー領域で使われます。

 一度ENAをイオン化すると後はプラズマ観測器の原理が使えますが,ENAのフラックスは非常に少ないため,相当高い感度を持つ観測器が必要になります。高感度の実現には,エネルギー掃引をしないという方法があります。エネルギー掃引とは観測器内の極板に印加する電圧を変化させ,検出器に到達できるエネルギー範囲を変えてゆくことでエネルギーの情報を得る方法ですが,これをせずに広範にわたるエネルギーを同時にカバーすると等価的に感度が高まります。この場合,(紫外線除去のための)軌道偏向の後でTOF(飛行時間分析)等を用いて粒子分析をすることが考えられます。ここで考えているTOFとは粒子がカーボン薄膜などを通過する際にたたき出される二次電子と入射粒子自体の両方を検出器まで導き,その検出時間差から粒子の速度を割り出すものです。

 もう一つENA観測をする上で問題となるのは荷電粒子の除去です。荷電粒子のフラックスも磁気圏の領域によってはENAよりずっと大きいのです。荷電粒子除去は静電偏向によって行うのが一般的ですが,その除去性能を104程度より良くするのは簡単ではありません。その理由は極板表面で中性化してしまう粒子があるためと考えられます。

 最近では紫外線の透過率は低い(波長によりますが10-5程度)が粒子の通過率は高い(10-1程度)フィルタ(grating)が開発され,アメリカのIMAGE衛星で実際にENA観測器に使用されています。このフィルタは非常に脆弱で取り扱いが大変ですが,使用できるとなればENAをイオン化しなくても紫外線を除去でき,観測器の簡素化と高感度化が可能です。

(あさむら・かずし) 


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