No.223
1999.10

ISASニュース 1999.10 No.223

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第7回 遠赤外線ファブリ・ペロー分光器

中 川 貴 雄  

 宇宙にひしめく星というものは,いったい「どこで」,「どうやって」生まれてくるのだろうか。

 この問いに答えるためには,「星間ガス」というものの性質を知らなければならない。「宇宙は真空だ」と俗に言うが,実は宇宙は真空ではなく,星間ガスと呼ばれる非常に希薄なガスで占められる。星はこの星間ガスから生まれてくると考えられているのである。

 しかし,星が生まれるもととなる低温の星間ガスは可視光線では一般には見えない。赤外線,とくに波長の長い「遠赤外線」での観測が大切となる。

 そこで私たちは,星間ガスからやってくるスペクトル線を詳しくしらべるために,遠赤外線分光器を作ることを計画した。1980年代の半ばのことである。

 遠赤外線の観測が重要であることは古くから誰もが認めるところであったが,それまで遠赤外線の観測はあまり行われていなかった。それは,地球を包む大気が遠赤外線に対しては全く不透明であるために,地上からはその観測を行うことができないためである。そこで,我々は気球を用いて観測を行うことを計画した。気球であれば,高度30〜40kmまでのぼることができる。この高度まで行けば遠赤外線観測の大敵である水蒸気がほとんどなくなってしまい,天体からの遠赤外線の観測が可能になるのである。

 星間ガスからやってくる遠赤外線は,残念ながら大変に弱い。この微弱な遠赤外線を観測するためには,どのような分光器が適しているのであろうか。

 赤外線観測では天体を検出できる限界を決めているのは,多くの場合検出器自身がもつノイズではなく,天体以外からやってくる余分な赤外線の揺らぎである。しかも,その余分な赤外線の最大の源は観測器自身なのである。この観測器からの余分な赤外線を押さえる最も有力な方法は,観測器全体を赤外線を出さないような極低温まで冷却してしまうことである。したがって,分光器としては,冷却が可能であるように小型でなければならない。また,波長分解能(光をその波長で選り分ける能力)の高い分光器であれば,必要な波長のみ選択し余分な光を捨て去ることができ,より感度を上げることができる。

 そこで,我々は小型でかつ高い波長分解能を達成することができるファブリ・ペロー分光器というタイプを選択した。ファブリ・ペロー分光器とは,2枚の平行反射板の間での多重干渉によって,特定の波長の光を取り出すタイプの分光器である。我々は,高感度達成のために,その光学系すべてを超流動液体ヘリウムで2K(絶対温度2度)という極低温まで冷却するという,前例のないタイプのファブリ・ペロー分光器の開発にとりくんだ。

 前例のないタイプの分光器であるため,その開発には様々な困難がともなったが,1988年には,BIRT(Balloon-borne Infrared Telescope)という気球望遠鏡に搭載して最初の観測に成功し,この分光器は当初のもくろみ通り,すばらしいデータを生み出し始めた。その後も,搭載する望遠鏡を改良しながら,日本・三陸,アメリカ・テキサス,オーストラリア・アリススプリングスなど,世界各地の気球基地から気球飛翔を行い,ファブリ・ペロー分光器を用いて様々な観測を行ってきた。この過程で,この分光器が生んだデータを基に,5人の博士号取得者が生まれた。現在では,インド・タタ基礎科学研究所との共同で,デカン高原から気球実験をおこなうべく準備を進めているところである。

(なかがわ・たかお)


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インド・デカン高原にあるタタ基礎科学研究所・気球基地にて,
打ち上げをまつ口径1mの気球赤外線望遠鏡とファブリ・ペロー分光器

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