No.205
1998.4

<研究紹介>   ISASニュース 1998.4 No.205

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実用化に向けての電気推進の研究

   東京大学大学院工学系研究科  荒川義博



◆はじめに

 電気推進は将来の宇宙推進といわれて久しく,その研究開発の始まりは60年代初頭にさかのぼる。それ以来,世界各国で研究開発が進められてきたが,実用化され始めたのはほんの最近のことである。この間,電気推進の研究は多少の波はあったものの大学や国の研究機関を中心として引き継がれてきた。このように電気推進が長年に亘って宇宙への出番がなかったにもかかわらず,その研究開発が続行されてきたのは以下の二つの理由からきているものと考えられる。

 1)電気推進の研究で培われたプラズマ技術を他の産業へ応用できたこと。
 2)電気推進の研究自体が興味深いこと。

 ひとことで電気推進と言っても,いろいろな種類の電気推進機が存在します。加速方式で分類すると,静電加速型のイオンエンジン,電磁加速型のMPD(magnetoplasmadynamic)推進機,電熱加速(空力加速)型のアークジェット推進機などがある。それぞれには固有の放電技術やプラズマ技術が用いられ,また産業応用されている。電気推進の興味深さは,統合化する楽しみと細分化して個々の現象を分析する楽しみが共存するところにあるのではないだろうか?研究者1人で一つの電気推進機を設計し実験を行い,性能の評価を行う。また,これと同時に,電気推進機の内部現象を調べモデル化を行う。イオンエンジンを例にとってみると,放電室,グリッドシステム,中和器などの構成要素では,それぞれ,放電プラズマの生成と閉じ込め,イオンシースの形成と静電加速,ビームプラズマの生成と中和といった異なったプラズマの形態や現象が存在する。それらの物理現象を分析し,モデリングした上で統合して一つのイオンエンジンを設計し作動させる。このような手法は,MPD推進機でも同じであるし,また最近次第に注目されるようになってきたホール推進機についても同様である。しかしながら,電気推進も実用化の段階にきた現在,研究の中心も性能向上や科学的・物理的興味から派生したものから,実用化にとって不可欠な課題,耐久性の向上や寿命評価に力点をおいたものになった。ここでは,研究室で進めている研究の一部を簡単にご紹介する。


◆イオンエンジンの耐久性評価

 一般に電気推進は低推力機関であるため,長時間作動を必要とし,その耐久性の問題は実用化にとって最も重要な課題のひとつとなる。イオンエンジンはすでに実用化の段階に入っており,寿命の把握,特に耐久性の評価が極めて重要な課題となっている。しかしながら,実験による耐久性能の評価は莫大な時間と費用を要するため,パラメトリックなスタディが事実上不可能であり,数値シミュレーションによる評価と設計支援が重要になってくる。これまでの長年にわたる研究からイオンエンジンの耐久性に影響を及ぼす因子はかなり把握されてきている。とりわけ加速電極のイオンスパタリングによる損耗が重要な問題となってきた。これは,ビーム中のイオンと放電室から未電離のままで漏れ出てきた中性粒子との荷電交換反応により,低エネルギーのイオンが発生し,負の電位を持っている加速電極に向かって加速して,イオンスパタリングを引き起こすという現象である。一般にこのスパリング損耗は加速電極下流側の面で激しく,特に互いに隣り合った多孔状電極の孔を結ぶ三角形の中心部分(通常 Pit と呼ばれる)とそれを結ぶ線の部分(Groove と呼ばれる)に集中する。この損耗は最終的には電極の貫通につながり動作不能に至る。

 こうした問題に対処するため,研究室では数年前から荷電交換反応を考慮した三次元イオンビーム解析コードの開発を進めてきた。これまでにも米国でPIC(Particle in Cell)法を用いたシミュレーションコードが開発されてはいるが,膨大な計算コストを費やすためパラメトリックな結果を出す段階に至っていない。研究室で開発したコードは,自己無撞着でビーム放出面を決める方式のもので,放出面を上流境界面とすることで,プラズマ領域での計算を回避することができ,効率的な計算を可能とするものである。このコードによるシミュレーション結果の一例を図1に示す。この図は加速電極下流側の電極面上の損耗分布を表したものである。2枚グリッド系において,前述したように Pits Grooves の箇所に損耗が激しく,この“Pits & Grooves”形状は実験でよく観察されるものである。これが3枚グリッド系になると,加速電極より下流に減速電極が存在するため,孔と孔の間よりも孔の周辺に損耗が集中する分布に変化する。このような変化も実験で観察されるが,定量的な一致までには至っていない。




◆ホール推進機の研究課題

 ホール推進機は,円環状のチャンネルに静電界と外部磁界を印加してホール電流を誘起させ,プラズマ加速を行い推力を発生する推進機である。その原理はずっと以前からあるが,特に注目を集めるようになったのは,ロシアでの研究開発が広く公開されるようになってからである。ホール推進機は,比較的コンパクトで,1,0002,000秒の比推力で50%程度の推進効率(エネルギー変換効率)が得られるため,地球近傍ミッションに適したものとして実用化が進められている。この推進機は,ホール電流と印加磁界の相互作用による電磁加速型の推進機ではあるが,イオンのラーマー半径と平均自由行程がチャンネルの代表長より長く設定するような作動条件の下では,イオンを静電界によって加速するということになり,従って,静電加速型の推進機の側面を併せ持つ推進機と言えよう。しかしながら,ホール推進機は静電加速型を代表するイオンエンジンと異なり,その加速領域が準中性であるため,空間電荷制限電流則の制約を受けず電磁加速型のような推力密度が得られる。放電電圧(加速電圧)は推進剤の種類によって影響されるが100400Vとアークジェット,MPD推進機に比べて高く,これがプラズマの生成に要するエネルギーの割合を低下させ,比較的高い効率を生む要因になっている。このように,ホール推進機はすぐれた特徴を持っているが,その反面,かなりの作動範囲で放電振動,プラズマ変動が観測される。特に,1050kHzの低周波数帯域に大きな振動が観測され,電離不安定性に起因しているものと考えられている。この振動がどの程度加速チャンネル出口付近の壁損耗,推進機の耐久性に影響を及ぼしているのかは未だ明らかではないが,この問題を解決するため,プラズマ粒子モデルによるシミュレーションとプラズマ計測を主とした実験を行っている。実験室で作動中のホール推進機から排出されるプラズマプルームの様子を図2に示す。アークジェットやMPD推進機とかなり異なった,このプルーム形状は,ホール推進機に共通なものであり,印加磁界の影響が強く現れている。研究室のホール推進機は,ロシアなどの推進機と違って,ホローカソードは加速チャンネルの外側でなく中心軸上に位置している。これにより,放電振動は他の推進機に比較して低く抑えられている。しかしながら,これがどの程度耐久性の向上につながるか未だ明らかでなく,今後早急に研究を進めていく必要がある。


図2 ホール推進機の排気プルーム(左側が下流)


◆おわりに

 電気推進もやっと実用化の時代を迎えるようになった。米国PRIMEX社だけでもすでに50機以上の電気推進機が実用化されている。隔年ごとに開催される国際電気推進会議でもその雰囲気は感じられる。来年秋には日本で同会議が開催される予定であるが,この傾向は一層強まるであろうか?我々電気推進の研究に従事する研究者としては,科学的興味のある研究と実用化研究のどちらもより活発になってほしいと願う次第である。

(あらかわ・よしひろ)


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