No.205
1998.4

ISASニュース 1998.4 No.205

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ワインに囲まれた充実した試練

   佐藤哲也

 ATRエンジンの風洞試験に関する打合せ兼,宇宙往還機に関する研究調査という目的で有難くも40日間のフランス出張に行かせてもらった。移動が多く重い荷物を持って各地を転々としたが,どこへ行ってもすばらしい出会いがあった。イタリアとの国境付近,スキー場のすぐ側の盆地にオネラのモダーン試験場は位置する。1940年代に作られたこの設備,その風洞設備の規模もさることながら,高さ800mの高低差を利用して山の上から水力タービンをまわし,直接大型風洞を運転するという方法には驚かされる。また,プレファ計画で進められたスクラムジェットエンジンの燃焼試験の緻密さ,炭素/炭素複合材料の独創的な製造技術,月産1台のアリアンロケットの組立て工場を目前にすると負けてはいられないとの意欲も湧いてくる。パリでは美術館のみならず街並みまでもが期待していた以上の華やかさで,ボルドーの赤ワインとチーズの取り合わせは日本酒と塩辛のように絶品であり,ブールジュで仲間と共に食べたディナーはまるで映画のワンシーンの様であった。

 しかし,今回の出張で印象に残ったのはそれだけではない。最も痛感したのが言葉の壁である。米国とフランスにおける壁は種類が異なる(語学力次第なのかもしれないが)。米国では彼ら同士で話していることはほとんど聞き取れず,知らない単語を使われればパードンを繰り返すといった壁があるが,これはまだ良いほうである。なぜなら日本人が外国人の日本語に対して寛容であるように,私が話すことを彼らは全て良いほうに理解してくれるからである。フランスでは双方にとって英語が外国語であるため,このような斟酌はまずない。私などは宇宙研職員には珍しく気が弱く,日本語を話すときにはかなり余分な修飾語を使って言葉を和らげているが,英語になるとどうしても単刀直入な表現になってしまう。例えば,「すみません。よろしければ,見せていただけないでしょうか」という気持ちで言ったことが,「見せられるのなら見せなさい」というふうに曲解されうるのである。もちろんこれは非常に極端な例であるが,会議をしているうちになぜか相手の声が荒いでいることも一度だけではなかった。かといって,下手にフランス語で「欲しいのですが,切符1枚,パリまで,二等車で」と言ってさっそうと札を出した後,「小銭ありませんか」と言い返されて赤面したこともある。今思うと毎日トラブルの中で生活していたようである。しかし,ある夜ホテルで「チェックアウトを1日早めたい,数日後にまた来るから予約がしたい,それまでトランクを預かって欲しい」と言うのを英語の話せないおばあさんに,電子辞典で単語を並べて伝えきったときの感動も忘れられない。これは研究においても同様で,分野が異なり普段は理解不能と思っていることでも,何とかして断片でもつかめれば新たな感動,発見が生まれてくるのではないか(この点では宇宙研は理想的な研究所であろうか)。

 またフランス人との意識の違いも感じた。日本人は,特に私は,「出る杭は打たれる」,「謙譲は美徳である」という意識が強く,ときに意志薄弱と思われることもままあるが,この考えはフランスでは全く通用しない。研究者の,レストランのボーイの,タクシードライバーの,とにかく私から見ると過剰とも思われる自信のある言動に,ちょっとおかしくもあり,しかしプロ意識や自国に対する誇りを感じる瞬間でもあった(具体例に関しては文章にすると語弊があるので割愛します)。彼等の自信が全力を尽くした結果から出てくるものであるならば,また実際そう感じられたのであるが,私は見習わなければならない。初めて海外出張のときホテルのロビーで両替をするのに「プ,プリーズ,エク,エクスチェンジ...」とたどたどしく言っている私の後ろから,「両替お願いね」と1万円札をドンと置いたおばさんもきっと自信に満ちた人生を送っているのであろうとふっと思った。そういえば,私の周りにも見習うべき人が少なくない。また彼等は日本人の勤勉さ(?)にも興味を持っており,幾度か「日本人は夜遅くまで働くというけど能率は上がっているのか」と聞かれ,「夕方以降は少し落ちますね」と謙虚に答えると,皆「そうだろう」という満足げな表情をした。

 何はともあれ,研究面だけでなく人生経験をも積ませてもらった今回の出張であった。特に,エアロスパシアルのブールジュの方々には並々ならぬお世話になったので紙面を借りてお礼を言いたい。家に帰って「今度の出張でひとまわり人間が大きくなったよ」と話したら,妻に「気のせいよ」と一蹴されたところを見るとまだまだ人生修業が足りないのであろう。

(さとう・てつや)


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