No.203
1998.2

ISASニュース 1998.2 No.203

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最終回 宇宙の謎を解く小さな鍵

宇宙科学研究所   市川行和

 1996年10月から続いた本シリーズも今回でひとまず終りである。宇宙におけるマイクロプロセス(素過程)について,多少とも興味をもっていただけただろうか。ご覧のようにマイクロプロセスは宇宙においてさまざまな役割を果たしている。それは大きくわけると次の二つになる。

 一つは,われわれが宇宙に関する情報を得ている主な手段である電磁波について,その放出・吸収の源となっていることである。もう一つは,宇宙で起こるさまざまな現象の基をなしている,あるいは宇宙にあるいろいろなモノ(原子,分子,イオン,電子,光子,…)の種類や量を決めている。これらの役割は宇宙がある限り,今後も変わらないであろう。

 ところで,マイクロプロセスを手がかりとして宇宙の諸現象を理解するためには,当然マイクロプロセスそのものの知識(基礎データ)が必要になる。そのような基礎データは,計算,あるいは実験室での実験から得られる。本シリーズの最後にそのようなマイクロプロセスそのものの研究と宇宙科学との関係について少し触れておこう。

 マイクロプロセス(ここでは主として原子分子が関係するものを考える)に関する基礎データとしては2種類がある。その一つはいわゆる分光学データである。特に,原子分子の放出・吸収する電磁波の波長はそれぞれの原子分子に固有であり,どのような種類の原子分子があるかを決めるのに不可欠のデータである。原子分子の分光学と天文学との関係は昔からきってもきれないものであり,それぞれが他方の発展に大きく寄与してきた。一つだけ最近の例を示そう。世の中で最も簡単な多原子分子はH3+である。これは水素原子のみから成るので宇宙には多数存在すると予想される。しかし,比較的最近まで見つからなかった。一般にイオンは大量に溜めておくことができないので,分光実験が困難である。一方,この程度の簡単な分子では計算も可能であるが,このイオンは3個の陽子と2個の電子の微妙なバランスで形成されているので計算が困難である。分光学者の努力で1980年にその振動回転スペクトルが決定され,天体観測が始まった。その結果,まず木星など惑星の上層大気にH3+が発見されたが,やっと1996年に星間空間にもみつかった。その過程では量子化学者による大変精密な計算が役に立っている。

 マイクロプロセスに関するもう1種類の基礎データは原子衝突(光吸収も含む)に関するものである。このプロセスはモノができたりこわれたりする直接の原因となる。この場合は衝突するものとされるものの2個の粒子が関係する。その組み合わせが無数にある上に,相手を決めても起こるプロセスが複数あるのが普通である。たとえば,電子と原子の衝突でも単なる弾性散乱だけでなく,励起やイオン化が起こる。したがって,必要となる基礎データをそろえるのは容易ではない。しかし,原子衝突に関する知識があれば,宇宙で一見不思議なことがみつかってもすぐにそれを解決することができる。その一つの例が最近見つかった彗星からのX線である。1996年に Hyakutake 彗星からX線が出ていることが観測され話題となった。彗星は氷のかけらのようなものであるから,エネルギーの高い電磁波であるX線を出すのは理解し難い。いくつかの解釈が出されたが,今のところもっともありそうなのは太陽風中の多価イオンが彗星の大気分子と衝突することによるというものである。このとき多価イオンは電子を捕獲するが,その電子は一般に励起状態に落ち着く。それがやがて基底状態へ落ちるときにX線を出すのである。いいかえれば多価イオンのもつ大きな内部エネルギーがX線となって放出される。本シリーズの第1回で述べたように,多価イオンに関する研究は近年盛んであり,ここで問題となる衝突過程(放射を伴う)についての情報もかなり蓄積されている。したがって,このような解釈が直ちに出されたわけである。

 地上の実験室で起こることは必ず宇宙のどこかで起こる(ただし,その逆は必ずしも真ではないが)。そのためにもマイクロプロセスそのものの研究が是非必要である。マイクロプロセスの研究と宇宙の研究が互いに他を刺激しながら進められることが望ましい。マイクロプロセスは宇宙の謎を解く小さな鍵である。

(いちかわ・ゆきかず)


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