No.203
1998.2

<研究紹介>   ISASニュース 1998.2 No.203

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月・惑星探査ローバ

   宇宙科学研究所  久保田 孝


■はじめに

 1997年7月4日米国独立記念日に,NASA/JPLの火星探査機「Mars Pathfinder」が火星の赤道付近のアレス峡谷に軟着陸することに成功し,探査機に搭載されたマイクロローバが火星表面を移動探査したことは記憶に新しいことと思います。
 冷戦後の世界の宇宙科学を概観してみますと,一時期,大きく注目された有人の月・惑星探査に代って,無人のロボティクスミッションに重点が置かれてきています。また,太陽系の起源と進化を解明する為に,フライバイやオービタにより,多種の惑星を広く調べるのと並行して,月や火星を集中的に深く研究する時期にきています。
 従来の固定ランダのような「点」の観測から,「線」や「面」の観測に範囲を拡大する必要性は,例えば地球という惑星を,サハラ砂漠に着陸したランダだけで研究する困難さを考えれば明らかでしょう。この意味で探査移動ロボット,すなわち月・惑星ローバの科学的な重要性が増してきています。



■探査ローバの基本要求と課題

 科学観測として,太陽系の起源の解明を大目的に,有機物探査・水探査・気象や気候に関わる環境調査・土壌や岩石などの分布や組成等の地質調査・内部構造解明の探査・地形調査などが挙げられます。一方,宇宙環境利用・開発として,将来の月面基地や月面天文台の建設・資源利用などを目的に,月面活動における放射線・太陽風・隕石などの観測・地質調査・資源・地盤調査などが挙げられます。これらを実現するためには,ローバには以下のことが要求されます。

1.広範囲な探査(数十〜数百[km]の移動)
2.地下探査(深さ数十[cm]〜数[m]の探査)
3.長期間の探査
4.サンプル採集・分析
5.観測・実験機器の設置
6.クレータや断崖など地殻の露出場所の探査

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 ローバ研究は,深宇宙機としての重量・大きさ・電力などの制約と温度・宇宙線・真空・レゴリス等の厳しい宇宙環境条件下で,未知環境に対する環境適応能力とロバスト性を備え,しかも科学者や技術者が操作しやすいユーザフレンドリな優れたシステムを構築することが課題となります。

■親子型ローバ

 月・惑星において長距離移動しながら科学探査を行うローバの形態として,親子型探査ローバを提案しています。惑星表面などの未知環境で移動および作業するロボットシステムとしては,小型分散システムが頑健性の点で有利だからです。親ローバは,比較的平坦なところを長距離移動し,その間に画像データの取得,サンプル採取・分析など科学的調査を行います。一方,子ローバは必要に応じて親ローバから降りて,クレータや崖付近などの険しいところの探査を行います。穴を掘る,岩を削る,サンプルを採集する,崖を登るなどある特殊の機能をもった,個性のあるロボットが子ローバというわけです。また作業中の親ローバを撮影したり,複雑な地形に親ローバが遭遇したときに誘導の手助けをしたりすることができます。このように親子ローバがお互いに協力しながら科学探査を行うのが特徴です。

 図1にローバの要素技術を示します。現在,探査ローバのミッション検討,走行メカニズム,自律化技術,環境認識,経路計画,自己位置同定,ナビゲーション,テレオペレーション,搭載機器の小型軽量化,耐環境適応性,サンプラ,科学観測など多方面から研究を進めています。ここではその一部を紹介します。



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■親ローバの走行メカニズム


 親ローバの走行メカモデルを図2に示します。本実験モデルは,実際の1/2のスケールモデルで,4輪をそれぞれ独立にモータで駆動させ,最大速度は,時速1[km]で走行します。走破性能としては,高さ0.15[m]程度の障害物を乗り越えることができ,また,傾斜30度以下の斜面を登ることができます。本ローバには,4自由度を有するサンプラ機構が装備され,砂や岩を採取・収納することができます。



■子ローバの走行メカニズム

 クレータなど凸凹の激しい不整地でも走行可能なローバとして図2に示す多脚型ローバの研究を行っています。頭部に人間の目に相当するCCDカメラを搭載し,六足歩行により惑星表面を移動します。各脚はそれぞれCPUを有し,独立に各関節の制御を行います。各CPUはBUSを介して他の脚のCPUやメインCPUと結合され,階層型制御及び自律分散型制御が可能となっています。このように配置することにより負荷分散・高速処理・フォールトレランス機能を実現しています。また,この足は移動だけでなく,サンプル採集などのマニピュレーションにも用いられるのが特徴です。



■探査ローバの誘導制御技術

 ローバの誘導制御方法としては,大きく分けて地上からのテレオペレーションと人工知能による自律誘導が考えられます。惑星探査において,科学者の意図をくみとって,その指示通りに行動してくれるローバが要求されます。また通信時間が非常にかかる場合には,自律的に判断して行動するローバが必要となります。従って,両者の機能を有するローバが望ましい探査ロボットといえるでしょう。現在,通信時間遅れを補償して遠隔操縦する手法と搭載コンピュータで自律的に判断し探査する手法の両面から検討を進めています。

■自己位置同定

 探査ローバが与えられた目的地に到達するためには,月・惑星上での自己位置・方位を知ることが不可欠です。車輪センサや慣性航法装置を用いた方法は誤差の蓄積が問題となるため,それを補正する方法が求められています。現在,以下の自律航法戦略を検討しています。
 月・惑星表面においてローバは,電源上の問題から夜間は移動できないので,夕方の比較的早い時期に1日の移動を終え静止します。太陽が沈むまでの間,太陽の位置をサンセンサを用いて何回か測定し,得られたデータをフィルタリング処理することにより,惑星上での位置と方位が推定できます(サンオブザーバ法)。シミュレーションによると,例えば,火星において精度が0.05度のサンセンサを用いると,位置に関して300[m]以下,方位に関しては0.1度以下の精度で推定できることがわかりました。
 移動中の相対的な位置推定に関しては,マップマッチング手法を検討しています。これはロボット搭載のセンサによって得られた地図を相互にマッチングさせて,地図のずれ量からロボットの移動量を求めるものです。地図全体の相関をとると計算量が膨大になります。そこで3次元地形地図中から高度極大点を抽出し,トライアングルマッチング手法を行います。これは,特徴点群から三角形を生成し,三角形の合同条件等から正しいマッチングを抽出するものです。
 トライアングルマッチング手法によるローカルマップの重ね合わせでは,長距離移動するとやはり誤差が蓄積します。一方,サンオブザーバ法ではそこそこの精度しか期待できません。そこで前もって得られている惑星全体の解像度の粗い概略地図とロボットが移動して観測して得られた解像度の細かい移動経路地図とのマッチングを行うことにより,惑星上での絶対位置をより精度よく同定できます。



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■経路計画

 探査ローバは,現在地点から与えられた目標地点まで岩や穴などの障害物を避けながら移動しなければなりません。従って障害物を認識して移動時間や消費電力を考慮した安全な経路を計画することが必要です。
 そこで月・惑星表面のような不整地をターゲットとした経路計画の検討を行っています。地図データとしては,距離センサなどから得られる距離画像を処理したエレベーションマップという地図表現を用います。ローバの向きと大きさを考慮するために,ローバのモデル化を行い,不可侵入領域を抽出します。不可侵入領域情報を加味することにより地形の新しいデータ構造として拡張エレベーションマップを定義します。またセンシングには誤差を含んでいるので,誤差モデルを導入し,誤差を考慮した実用的な経路計画手法を考案しました。この方法は特に複雑な地形において威力を発揮します。



■搭載機器

 搭載用コンピュータとして,経路計画,画像処理など高速な演算を必要とするタスクに対しては,100[MIPS]程度のRISC型高速CPUや画像処理用LSIを開発検討しています。また,全サブシステムを管理・統括するバス管理システムとして,フォールトレラント機能を有するBMU(Bus Management Unit)の研究開発も進めています。環境認識用センサとしては,マイクロエレクトロニクス技術を応用した,小型軽量な2次元スキャン型マイクロレーザレンジセンサの研究開発を行っています。



■探査ローバ自律走行実験

 1996年秋に,探査ローバの走行実験を伊豆大島の奥山砂漠(三原山の東山麓)で行いました。本実験では,ローバが人間の支援なしに自ら環境を認識し,経路計画をたて,障害物にぶつかることなく与えられた目的地に到達する自律機能の検証が目的です。時速1[km]と低速ながら長距離走行に成功しました。また,障害物に囲まれるような複雑な地形でも迷路からの脱出に成功し,実環境における貴重なデータを取得することができました。



■おわりに

 探査ローバ研究のいくつかを紹介しました。おわかりのように探査ローバは,新しいアイデアのもと様々な分野の技術が融合化されて初めて実現するものです。現在,所内外の研究者や技術者のご協力を得て研究を進めており,基礎研究段階から実用化段階に移行しつつあります。数[kg]から数十[kg]級の小型ローバで,有能な情報収集能力と判断・意志決定のできる人工知能と探査機能を備えた日本版ローバが活躍するのもそんなに遠くないことでしょう。

(くぼた・たかし)


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