No.187
1996.10

<研究紹介>   ISASニュース 1996.10 No.187

     

スマート構造物とインテリジェント材料

   名古屋大学工学研究科  松崎雄嗣


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◆世界に広がる総合技術

 スマート構造物は,人工の構造物に生体システムと同じ様に,知覚,判断,応答の機能を持たせようとする新しい概念の総合技術である。宇宙研ニュースの読者には,決して目新しいものではないと思われる。即ち,宇宙科学研究所では,三浦公亮(名誉)教授によって適応構造物と名付けられ,1980年代中頃から同教授や名取,小野田両教授によって,人工衛星のアンテナや太陽電池パネルのための各種の宇宙展開適応構造物として提案され,昨年行われたSFUの実験にも取り上げられた。研究の概要は本ニュース (No.160, 162〜165, 167, 168)にも紹介されているので,ここでは個別的な技術の話よりも,国内外の研究・開発の全体的な情況について紹介する。ところで,インテリジェント材料の概念は,科学技術庁長官の諮問第13号への航空・電子等技術審議会の答申として1989年にまとめれられている。理想的には,自らが検知し(センサー機能),自らが判断して結論を出し(プロセッサー機能),且つ自ら行動する(アクチュエータ機能)ことの出来る材料(構造物)である。
 同じ様な生体システムの概念を持つスマート構造物とインテリジェント材料分野の研究の歴史は共に大略10年を過ぎているが,表1に示した様に筆者の関係する限りでも,現在多くの国際レベルでの会議が積極的に開催されている。また,この分野の国際誌として J. Intelligent Material Systems & Structures が 1991年に発刊され,筆者が Regional Editor を務める Smart Materials & Structures は翌年から出版されている。両分野での研究は,日本,米国が先行して始め,現在では英,独,仏などの欧州諸国が急速に後を追い,アジア各国にも広がっている。米国では両分野の研究者が同一の分野と認識して活動していると思われるのに対し,我が国では別の分野として,むしろ独立にサークル(村)が存在している状態と言える。 英国で行われた国際会議がお互いの存在を強く認識させ,国内での交流が始まるきっかけとなったことはその情況の一端を示していると言えよう。

◆次の社会を支える技術

 我が国のスマート構造物の研究は,1980年代末までが第1期,90年初頭から第2期に入ったと考えられる。宇宙研で始まった当分野に,80年末頃から参入した多くの研究者が第2期に入って多くの成果を発表し,研究の幅と深さが著しく拡大して来ている。即ち,スマート構造物は典型的な学際・境界領域の研究であり,構造力学,構造動力学,機構学に限らず,材料学,制御・情報工学にわたり,解析ソフトのみならずセンサー,アクチュエータ,プロセッサーなどのハ−ドウェア技術の進歩とも切り離せない。図1に示す様に,歴史的には通常の
a)パッシブな構造物から,外部にセンサー,アクチュエータ機能を付加されて制御を受ける
b)アクティブな構造物を経て,構造要素自身がセンサーやアクチュエ−タであり,自ら環境に適応する
c)スマート構造物
へと発展して来た。


 従来の概念によれば,構造物とは外部から加わる荷重を支えて,その形状を保持する受動的,固定的なものであり,形状やその特性が変化することは構造物の破壊や構造材料の劣化を指し,本来の機能を果たせなくなったことを意味した。材料や構造の知的システム化は機能,構造,情報を融合し,前述したように究極の目標は生体システムと類似の機能を持たせようとするものであり,スマート構造システムは,各種技術分野にまたがる横断的で高度に総合化された技術である。特に不具合の有無の「自己診断」や不具合の「自己修復」などの機能の実現により,構造物の安全性,健全性,信頼性の確保や,高性能,高効率化による省エネルギーとコストの低減をはかり,また人間や自然に優しいシステムとして,今後の社会,経済の発展を支えるものと国際的に期待されている。その応用研究は宇宙,航空,建設分野で先行しているが,自動車,鉄道車両,工作機械,船舶などの産業分野へも波及しつつある。

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◆「超」設計法の確立

 20世紀後半における技術の急速な進歩により,「大型機械構造システム」,例えば,航空機,ロケット,原子炉などが現在日常的に運航され,稼働している。しかし,これらのシステムの作動の不具合や設計・運航上の過誤は大事故につながり,多くの犠牲者,経済的損失,社会的不安をもたらしている。ところで,機械構造システムの設計手法は,歴史的には数々の事故を経験して,安全寿命設計,フェイルセーフ設計,損傷許容設計へと発展して来たことは良く知られているところである。上に述べた様に著しい安全性の向上を志向するスマート構造物は,従来の固定的な構造物とは全く異なる概念に基づく機械構造システムとして,その運航や稼働が商業的レベルで実現するためには,現在の「大型機械構造システム」に用いられている設計法・運用法を大幅に超えたものが確立される必要がある。その様な「超」設計法・運用法は,現在の「大型機械構造システム」の設計・運用にも極めて有用な ものになると考えられ,その点でもスマート構造物開発は大きな意味がある。「超」設計法・運用法に基づくスマート構造物の出現は,産業における主要な地位を失いつつある重厚長大な機械システムの復権にもつながる。

◆実現へのハードル

 アクチュエータ・センサー機能を持つインテリジェントな構造部材としてセラミックス,形状記憶合金などが期待されているが,まだ解決しなければならない問題点が色々ある。構造設計の歴史は大変長く,多くの実験的,理論的手法,技術,ノウハウが蓄積されており,いかなる構造物もその基本原理を無視しては成り立たない。例えば,応力集中,切り欠き等の様な特性の急激な変化は好ましくない。通常の複合材が金属材に対し層間剥離,ボイドなどにより信頼性の点で劣るのはこの為である。インテリジェント材料として,大きな歪変形や回復応力を生ずる形状記憶合金をアクチュエータとして主構造材にそのまま埋め込む場合にも応力集中などが発生することになるので,特別な工夫が必要となる。人工的に創製された各種機能材料の特性の十分な評価はこれからであり,実用化のためには耐疲労,耐衝撃特性,じん性などの著しい改善が必要であり,制御部品としての信頼性の確認も不可欠である。
 インテリジェント材料を用いた構造物の設計を考えた時,上述の技術的問題だけでなく,材料費,加工,保守,維持などのコストも問題になり実用化へのハードルは高い。スマート構造物の開発には長い期間と多額の経費を必要とし,開発リスクも大きい。そのため,通産省工業技術院の平成7,8年度の先導研究「知的構造システム」として,国内外の研究の現状,産業界のニーズや適用コンセプトの検討などの研究開発課題を明らかにする作業を産学官が連携して進め,ナショナルプロジェクト化への道を模索している。
 ところで,スマート構造物の概念は別の新しい研究の必要性をも示している。即ち,形状の固定した構造物に対しては線形,時不変システムに有効な多くの手法が適用でき,どんな複雑なものでもオフラインで予め計算しておくことが出来る。しかし,形状が変化する構造物に対しては動的挙動に限らず,変形時の安定と制御の解析が必要となり,多くの場合非線形解析も避けられなくなる。さらに時々刻々変わる自律的適応システムでは,オンラインによる瞬時瞬時のシステムの同定が必要である。また変形中の形状や特性の精度良い計測の重要さも増し,ソフトに限らずハードの点でも技術的困難さが増す。いずれにせよ,線形,時不変システムに対してこれまでに確立された多くの手法が適用出来なくなる。

◆Intellectual な研究者へ

 最近,従来の分析偏重の科学から「複雑さの科学」,「Synergetics」 へのパラダイムの転換が指摘されている。上に述べてきた様に,スマート構造物も明らかに複雑系である。ところで,適応とは制御を誤ると不適応へ向かう危険性を意味し,しかも「スマート」という表現は,より本質的な事柄の判断を機械にやらせることを指している。以上のことを考慮すると,スマート構造物は当面そこそこに最適で,しかし,決して不適応へは向かわない保証のある適応システムでなければならないと言える。
 日本語の「知的」に対応する英語は intelligent と intellectual である。簡単に言えば,前者は情報が多く,知識があることを指す。この名詞は intelligence で,有名な Central Intelligence Agency (CIA) からも分かるように,情報,中でも計算機によって処理できる情報の類を対象としている。後者は知的活動そのものや創造性や新しい情報を生み出すものに関連し,むしろ計算機では扱えないものを対象としている。従って,スマートシステムは intelligent であっても intellectual ではあってはならない。設計者の観点からはシステムが勝手に「創造的な」挙動をすること許されないからである。intelligent なシステムの実用化へ向けての今後の発展は,intellectual な研究者・技術者に負うところが益々大きくなる。

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表1 最近1年間の主要な会議など
1995年 12月 1st US-Japan Symp. on Smart Structures & Materials, Seattle.
1996年 2 月 SPIE's Symp. on Smart Structure & Materials, San Diego.
     3 月 UK-Japan Seminar on Intelligent Materials, Toky
     4月 AIAA's Adaptive Structures Forum, Salt Lake City
     6月 3rd Int. Symp. on Intelligent Materials, Lyon
     9月 7th Int. Conf. on Adaptive Structures, Roma
    12月 Pacific Rim Symp. on Smart Materials & Structures, India

(まつざき・ゆうじ)


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