No.185
1996.8

ISASニュース 1996.8 No.185

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生命のはじまり

宇宙科学研究所    長谷川典巳


 最も古い炭素化石が約38億年前のものであることがわかっている。地球の誕生が約45億年前とすると,10億年も経ずに生命が出現したことになる。これは意外に早いと言える。この炭素化石は現在のラン藻と似ており,光合成をしていたと考えられている。それまでの地球大気が還元的であったものが光合成で酸化的な大気になり,現在のような環境になったと考えることができる。

 それでは,生命が出現する前の数億年に何が起きていたのであろうか。それは化学進化といわれる物質の複雑化の歴史である。簡単な分子がさまざまな反応を経て,より複雑な化合物へと変化し,蓄積していったのである。

 生命体を構成する最も重要な物質はタンパク質と核酸であり,いずれも高分子物質である。タンパク質はアミノ酸の重合体で,生化学反応をはじめとする種々の機能を担っている。核酸は塩基,糖およびリン酸からなるヌクレオチドの重合体で,二種類ある。DNAは遺伝情報を蓄える物質で,RNAは最近の研究で生体の機能の一部を担っている事が知られている。これらの生体物質のうち,アミノ酸と塩基の一部は還元型の原始地球大気を模した条件で,稲妻の代わりに放電を続けることによって,実験室内で合成することができる。しかもアミノ酸の組成はある炭素質隕石からのアミノ酸組成とよく似ているもので,隕石の中からは塩基も検出されている。従って,アミノ酸や塩基は宇宙からやってきた可能性もある。

 タンパク質と核酸はどちらが先に出現したのかという大きな疑問が最近の研究で解決されそうになってきた,それは一つはRNA触媒(リボザイム)の発見と,もう一つは試験管内での新機能分子の創製法(SELEX)の開発である。

 生物体の重要な反応にタンパク質の合成がある。このタンパク質の合成は,リボソームというRNAとタンパク質からなる粒子の上で行われている。アミノ酸を連結させるこの反応にはどうやらタンパク質は不要で,RNAだけで反応が進行しそうである。そうすると,核酸(RNA)のみで,タンパク質ができてしまうということになり,核酸が先にできたという考えを強く支持する。このように,生命が誕生する少し前にはRNAがいろいろと機能しており,その化石が現在の生物に残っていると考えることができる。この生命誕生直前のRNAの時代をRNAワールドと呼び,現在注目を浴びている研究分野の一つである。

 生物の特徴の一つに独立した自己複製ができるということがある。つまり,遺伝情報を複製し,子孫に伝えることが必要である。試験管内での新機能分子の創製法の開発というのは,ランダムな配列を持った短いRNAのプールから,ある機能を持ったRNA分子を探す方法である。この方法でRNAへの重合反応を触媒する分子が発見された(ただし,天然には発見されていない)。しかも,反応のエネルギーとしてATP(現在の生物が用いているエネルギー)を必要としていた。この発見はRNAの自己複製の可能性を意味する(注)

 このように化学進化の最終段階で,RNA分子が機能を持ったRNAワールドが出現し,次にDNAを情報分子に置き換え,機能をタンパク質に変えて,ついには生命の誕生というシナリオを考えるのが良さそうだと思われるようになってきた。  「私たちが住んでいる世界を科学を通じて理解し,証明するには限界がある。未だ解明されない謎のうち,宇宙の誕生と地球上の生命の存在はその代表例であろう」とワインバーグ が言っている。「地球上の生命の存在」とは生命の誕生が必ずしも地球とは限らないという含みを残しているわけである。生命の宇宙からの持ち込み説は,すでに19世紀の初めにあったと言われており,その後,隕石説,パンスペルミア説,新パンスペルミア説などいずれも宇宙物質が生命を地球に持ち込んだという説が提出されてきた。ところが,宇宙空間に満ちている高エネルギーを持つ宇宙線の存在は,生命体を生きたまま超長時間宇宙空間に存在させることには無理がある。やはり,地球上の生命の誕生の舞台は地球であると考えるのが一般的であろう。それでは生命の存在は地球のみかという疑問が残る。我々の存在する地球とよく似た環境の星はいくらでもありそうである。従って,地球以外にも生命が存在しても不思議ではない。むしろ,あると信じて宇宙の生物を探すことにロマンをかける人達がいても良いのではなかろうか。

(注)この原稿を脱稿直後,本当に自己複製するRNAがSELEXで発見された。(Nature,7月25日号)

(はせがわ・つねみ)


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