小宇宙 1996.8 No.185

No.185
1996.8

ISASニュース 1996.8 No.185

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宇宙通信工学(8) 電波科学観測

水野英一

 人工探査機を使って宇宙探査を行うには観測目的に応じた観測機器を積み込んでおかなければなりません。典型的な惑星探査機のひとつといえる米国のボイジャー2号を例にとると,可視光カメラ・赤外分光器・磁場・プラズマ測定装置・宇宙線検出器など10種類もの観測装置が積まれています。何もボイジャーに限らず1度で巨額の費用を要する科学探査機の宿命として可能な限りいろんな事を観測する努力のあらわれでもあります。その中にあってボイジャー2号の場合,観測装置より1つ多い11種類の科学探査計画が実行されました。11−10=1。残り1つは何か?実は特定の観測装置ではなく,人工探査機と地球の間で情報を伝達するために使用する電波を利用した惑星探査が行われたのです。その一見『おまけ』のような探査手法を,電波を利用した科学探査という意味で『電波科学』といいます。一見地味な手法であり,あまりご存じの方も多くないと思いますが,この探査機が通過した木星・土星・天王星・海王星では惑星大気の温度・気圧がどの様に分布しているか,また土星や天王星のリングの微細構造など,科学的に極めて貴重かつ今の所他の観測手段では得られないデータを得ることができたのです。

ボイジャー2号が最後に立ち寄った海王星

 地球から離れて太陽系に飛び立つ人工探査機を考えましょう。探査機は地球との間で電波を使い情報のやりとりをしなければなりません。ところで電波が伝わってくる途中にはこれら情報伝達を担う電波に影響を与える,言い換えれば変調をかけるものが存在します。例えば太陽プラズマ・太陽や惑星の磁場/重力場・惑星大気・惑星電離層などです。それらの電波への影響は様々な形となって現れます。例えばプラズマや大気は真空中と較べて屈折率が僅かに異なるため電波が通る光路長を変化させます。一般に太陽プラズマや惑星大気などは外側に向かうほど希薄になっていくのでその中を電波が通るとちょうどレンズを通る光のように屈折され,その結果電波が探査機から発射されてから地球に到達するまでの時間が変化する,いいかえれば位相変調を受けることになります。惑星,例えば先ほどのボイジャー2号の場合,写真の海王星の大気中をうまく電波が通るように探査機が地球から見て惑星の裏側を通りました。この時最大7度位の屈折効果が確認されています。太陽プラズマ中を電波が通って来る場合にも同じ現象が起きますが,こちらの場合むしろプラズマの局所的な密度ゆらぎにより電波が地球に届く頃には波面が乱されてしまいます。これは上のレンズと光の例になぞらえるならば,陽炎(かげろう)のようなものだといえるでしょう(電波のシンチレーションとと呼ばれています)。実際に受信した電波を調べるとその位相や振幅,電波のやってくる方角がゆらいで見えます。

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 さて,これら自然現象による電波の変化ですが,上に挙げた情報伝送の観点からは雑音と見なされます。しかし視点を変えると,これらは宇宙の現象に関する貴重な情報を運んできてくれたとも考えられます。電波科学という分野はこれらの『証拠』を注意深く解析することにより実に様々な物理量を引き出すのです。例えば惑星の温度・気圧・大気密度・電子密度・磁場の向き・リング粒子のサイズ(土星・海王星など)・太陽プラズマの密度ゆらぎ・重力場の歪み,など。中でも未だに大気中に探査プローブを送り込めない惑星,例えば天王星,海王星ではこの観測が大気の奥深くまで入り込んで観測する唯一の手段なのです。ですから『電波科学』という言葉は知らないでもそれが導いた結果をどこかの論文あるいは子供向けの図鑑などで見た人は多いはずです。ここではボイジャーの例のみを挙げましたが,電波科学観測は一般に特定の観測機器を必要としないのでこれまで世界で行われたほとんど全ての太陽系・惑星探査計画で行われていますし,現在計画中の計画にも盛り込まれています。しいて言えば『電波』が観測道具ですので,そのクオリティー(安定度)を向上する努力は行われています。それにより,これまで以上に精密な惑星大気観測がわが宇宙研の火星探査機PLANET-Bでも行われる予定です。

(みずの・えいいち)



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