No.185
1996.8

ISASニュース 1996.8 No.185

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家・料理・妻・X線天文学

井上 一

 将来のX線天文学衛星計画についての国際会議出席のためイギリスに行ってきた。一昔前の笑い話に,「イギリスの家に住み,アメリカの給料をもらい,日本人の妻をもらって,中国の料理を食べるのが最良であるが,日本の家に住み,中国の給料をもらい,アメリカ人の妻をもらって,イギリスの料理を食べるのが最悪である」というのがあったが,今回,これについて少し感想を持ったので書いて見ることとする。

 この国際会議は,レスター大学のセミナーハウスで行われたのだが,その施設は,大きな実に美しい庭園の中にあるすばらしいものであった。会議が行われた建物も,植物園として公開されているきれいに手入れされた庭園に囲まれた,大きな暖炉のある風情のあるものだった。この庭園は,そのあたりの4つの名家から大学が買い取ったか譲り受けたかしたものだそうで,さすがイギリスの家,庭はすばらしいものだと感じ入った。このレスターへ行く途中,この冬宇宙研に客員研究員で見えていたバーミンガム大学の研究者ご夫妻に,お宅で食事をごちそうになった。このお宅も,もちろん先程の大庭園とは規模が違うが,きれいな庭のある,落ち着いたいいお宅だった。部屋をゆったりと使い,味わいのある家具やタペストリーが何気なくおいてあって,うらやましいかぎりだった。日本の家もだんだんましになってきていると思うが,一般には雑然としていて,風情がない。聞いて見ると,土地の値段はわが家のあたりの値段のおよそ十分の一。家にずっと手がかけられるようだ。

 このバーミンガムのお宅でご馳走になった料理はおいしかったが,たしかに,イギリスの食事は,いっぱんにあまりおいしいものではない。奥さんが言うに は,イギリスで一番おいしいのは,ヨークシャープディングをかけたローストビーフだそうである。もっとも,狂牛病のためにここ何年,食べたことが無いそうで,彼等が宇宙研に滞在中,しゃぶしゃぶに招待したのだが,何年かぶりと言いながら,おそるおそる牛肉を食べていた。今や日本でも,O-157のために肉はおそるおそる食べる必要があるようであるが。

 バーミンガムのお宅では,食事を運んでくれる際や,お茶を用意してくれる際に旦那の方が実によく働き,奥さんにとても気を使っていた。たしかに,欧米では,lady first が徹底しているし,夫が妻に実に気を使っているのがよくわかる。しかし,見かけはいろいろ違っても,夫婦間の実質的な実権が妻にあるのは万国共通なのではないかと思う。われわれだって,おもてに見える形で表現するのがへたなだけで,かみさんにかなり気を使って生きている。まことに残念ながら,日本人の妻以外を経験して見ることができていないので,ほんとうのところはわからないが?

 最後に,給料ならぬ仕事とお金の話。それぞれ予定通りに行けば,1998年末から2000年初めにかけて,日(ASTRO-E),米(AXAF),欧(XMM)のX線天文衛星が揃い踏みとなるが,今回の会議はその次の衛星計画をどうするかの議論が目的であった。これまでの米欧のメイン計画は,大艦巨砲主義で,AXAFも XMMもそれこそ1000億円にものぼる大計画だった。それに対し,日本は予算規模は10分の1ほどに小さくとも,目的をよくしぼりこんだ衛星を着実にあげてきた。しかし,少なくとも米国NASAでは,「より良く,しかし,より早く,より安く」が基本方針となり,大艦巨砲主義を改めつつある。そのあおりで,AXAFも途中で規模縮小を余儀なくされている。一方で,日本の衛星の規模が大きいものになってきたこともあり,結果として,今回,米国の次の計画として出されてきているものは,われわれが考えているものとよく似たものになってきている(依然として,規模に大分差はあるが)。しかし,日本,特に宇宙研の着実な衛星の打ち上げのシステムはやはり,他国にはない長所であり,今後とも日本の特徴を出したユニークな計画を考えていかなくてはなるまいとの気持ちを強くして帰国の途についた。家・給料・妻・料理のことはいざしらず,わがX線天文学については,確固とした日本の地歩・ユニークさを保ち,今後とも宇宙の理解の進展におおいに貢献していきたいものである。

(いのうえ・はじめ)


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