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ラスト・チャンスの地球撮像

姿勢系 橋本 樹明

私は姿勢軌道制御系の担当(*1)ですが、「はやぶさ」ではカメラを使って探査機の位置を決めることが重要であったので、航法カメラの開発も担当することになりました。カメラのハードウェアにはあまり詳しくありませんが、新しいウィンドウが開きます 「のぞみ」搭載カメラMICを担当していたことや、趣味が鉄道写真の撮影なので、撮像運用に関してはある程度経験は持っておりました。

ONCは、イトカワ離脱後は役目を終えたので、その後のトラブルに際して保温は断念しました。4年半、低温で放置されていたので、今回、正常に動作する保証はありませんでした。また、もし電源をオンした時にショートして探査機システムに影響を与えてはいけないので、回収カプセルを分離した後に初めて電源を入れる、という約束になっていました。すなわち、練習なしのぶっつけ本番です。さらに、4年半ぶりの運用と言うことで、コマンド手順や地上のデータ処理システムの使い方を全く忘れています。イトカワ着陸時に撮像運用に参加した科学者(*2)(*3)は、今は誰もJAXAにはいません。もう一人の航法担当者(*4)も、オーストラリアにカプセル回収に行ってしまいました。今、ONCを扱えるのは、私一人です。過去の資料を調べたり、どうしても思い出さないことはメールで関係者に展開して聞いたりしたのですが、もし私がダウンしたらこの撮像はできないので、体調管理にも気を遣いました。

また、「はやぶさ」も、以前の状態ではありません。自律制御用計算機も、2005年12月からオフのままですが、この状態で撮像をしたことはありません。イトカワ着陸時と同じコマンドが動作するのか、不安でしたが、事前に試験することはできませんでした。

さらなる難題は、カプセルを分離する際の衝撃で、探査機の姿勢は大きく乱れます。今や、ある程度大きなトルクを出せる制御装置はリアクションホイール1台しか無いので、姿勢の揺れを抑えることは困難です。それでも、姿勢系の白川さん(*5)が姿勢制御の方法を考えてくれて、なんとか地球を撮像できる見込みが出てきました。

そして、カプセル分離。予想通り、姿勢は大きく傾きます。姿勢が少し落ち着いたところで、カメラの電源を入れます。最初、赤いエラー表示がいくつか出て慌てましたが、これはまだCPUを動かしていないからで、CPUを起動すると全て緑表示になりました。ちゃんと動いてくれました。続けて最初の試験撮像。まだ姿勢の揺れは大きく、どちらを向いているかわかりません。画像をダウンリンクしてみると、なにやら明るいものが映っていましたが、姿勢が乱れているために、地球なのか太陽光が反射しているのか、よくわかりません。露光時間は、2004年の地球スウィングバイ時に地球を撮った際のデータをもとに設定したのですが、適切かどうか不安でした。というよりも、カメラが本当に指令通りに動いているかが心配でした。その後も露光時間や撮像モードを変えながら何枚か撮りました。しかし、真っ暗な宇宙空間を見ていたり、明るい反射があったりでうまくいかず。運用終了まで残り時間は、刻々と無くなっていきます。運用終了40分ぐらい前になって、姿勢系担当から(私も姿勢系担当ですが、このときは撮像に専念していたので)、「今、ONCの視野に地球が入っているはずです」との連絡。そしてラストチャンスの撮像。データレコーダの再生を開始すると、ディスプレイにだんだん画像が見えてきました。地球が映っています。残り時間から、画像の最後まで降ろせそうもありませんでしたが、地球は上の方に写っているので下が切れても大丈夫。これで一安心でした。

本当に最後の最後まで、ぎりぎりの運用に参加できたことは光栄でしたが、おかげで、カプセル分離成功の瞬間に喜びの拍手をする余裕も無く(すぐに撮像体制に入らないといけないので)、運用終了後の涙の握手や記念写真撮影に参加することもできませんでした(すぐに画像をとりだして、報道発表しないといけないので)。この原稿を書いている今になって、涙ぐんできました。

なお、撮像モードの制約から、スミアが生じてしまって画像があまり美しくありませんでした。これを、AMICAサイエンスチームの横田さんが処理して、美しくしてくれました。
「「はやぶさ」最後の地球画像」画像処理でくっきり(トピックス:2010年6月18日)

2010年6月18日