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地震が電離圏に及ぼす影響を「ひのとり」のデータで研究

論文「地震に伴う電離圏電子温度低下」アメリカ地球物理学連合の学術誌に掲載

 地震発生前に地震が電離圏へ及ぼす影響を見出す試みは、旧宇宙科学研究所宇宙プラズマ系・小山研究室及び東京学芸大学物理学科・鴨川研究室の協力により、2003年に旧宇宙開発事業団宇宙利用推進本部システム技術開発部が行った「将来宇宙利用ミッションの研究」の一環として開始され、JAXA統合後の2006年まで実施されました。

 第一著者の小山教授は電離圏の電子温度の研究では世界的に知られている研究者で、2006年に宇宙科学研究本部を定年退官し、現在台湾國立中央大学太空科学研究所客員教授として、電離圏にみられる地震前駆現象を研究しています。上記の成果は、アメリカ地球物理学連合の権威ある学術誌 Journal of Geophysical Research に投稿され、「地震前電離圏擾乱の存在を立証し、地震が電離圏へ及ぼす物理に迫る糸口を与えた論文」と評価されました。

Oyama, K.-I., Y. Kakinami, J.-Y. Liu, M. Kamogawa, and T. Kodama (2008), Reduction of electron temperature in low-latitude ionosphere at 600 km before and after large earthquakes, J. Geophys. Res., 113, A11317, doi:10.1029/2008JA013367.

 近年、地震前に震源付近の上空における統計的な放送波の散乱[Fujiwara and Kamogawa, 2004]、TECやfoF2の変動[Liu et al., 2004 & 2006]及びCNESの地震電磁気観測衛星DEMETERによる電波強度の減少[Nemec et. al, 2008]などが報告されていますが、これまでの論文は決して多くの研究者が納得するものでなく、懐疑的な電離圏研究者も少なくはありませんでした。

 1981年に宇宙科学研究所が打上げた太陽観測衛星「ひのとり」は、高度600キロメートルのほぼ円軌道にあり、同時に搭載された電子温度・密度測定器により赤道、および低緯度の電子温度・密度を系統的に測定しました。これらの測定器は日本が開発した非常にユニークなもので、精度が高いことで知られています。「ひのとり」による観測期間中、フィリピンで発生したマグニチュード6.5以上の3つの地震に伴う電離圏電子温度の変化について調べた結果、地震の発生約5日前から震央上空周辺の電離圏電子温度が通常の状態(電子温度経験モデル温度)から低下しはじめ、地震発生日にはその差が最大となり、地震後約5日をかけてまた通常の温度に回復することが見出されました。「ひのとり」による観測結果により地震前兆電離圏擾乱の存在が多くの人に納得できる形で示されました。

解析対象地震

  発生日 経度 緯度 マグニチュード 深さ(km)
EQ1 1981年11月22日15:05 120.8E 18.8E 6.7 24
EQ2 1982年1月11日 6:10 124.4E 13.8E 7.4 45
EQ3 1982年1月24日 6:08 124.3E 14.1E 6.6 37

地震発生前後の震源上空の電子温度モデルとの差分値ΔTe(K)

各地震に対する電子温度モデルとの差分値ΔTe(K)の時系列変化(画像クリックで拡大)

パネル上:各地震に対する電子温度観測(青点)と電子温度モデル(黒点)
パネル下:電子密度観測(青点)と電子密度モデル(黒点)の時系列変化、 黒線はモデルの標準偏差を表す

 電離圏擾乱の原因は電場によるものとすると観測データを矛盾なく説明できますが、この電場が、どこで、どのように作られるのか、メカニズムの詳細は現時点では明らかでありません。電場発生のメカニズム解明には更なる詳細な観測が必要でしょう。
 地震によっては電離圏に影響が見られない時もありましたが、地中深く起こった地震、海岸から遠く離れた場所で起こった地震の場合でした。また、磁気嵐が発生すると磁気嵐の影響と地震の影響が区別ができない場合があるようです。

 これらの謎を解明するため、地震で苦しんでいる、特にアジアの国々と協力して約50-100キログラムの小型衛星を複数機打上げて、徹底的にデータを集めることが必要です。
 私たちの研究に限らず、今世紀入りロシア、フランス、ウクライナ、イタリア及び中国等の宇宙機関により、衛星や国際宇宙ステーションを利用した地震電磁気現象の観測が次々と実施・計画されています。このことは約80年の歴史を持つ電離圏研究が新たな展開を迎えつつあることを意味しており、衛星観測により信頼できる前兆現象が明らかにされれば、短期地震予知の実現も可能になるかもしれません。近い将来、我が国においても地震電磁気現象解明のための衛星を打上げることに、多くの人々から賛同が得られるものと期待しています。

参考文献

  • Fujiwara, H., M. Kamogawa, M. Ikeda, J. Y. Liu, H. Sakata, Y. I. Chen, H. Ofuruton, S. Muramatsu, Y. J. Chuo, and Y. H. Ohtsuki (2004), Atmospheric anomalies observed during earthquake occurrences, Geophys. Res. Lett., 31, L17110, doi:10.1029/2004GL019865.
  • J. Y. Liu, Y. J. Chuo, S. J. Shan, Y. B. Tsai, Y. I. Chen, S. A. Pulinets, and S. B. Yu, Pre-earthquake ionospheric anomalies registered by continuous GPS TEC measurements, Ann. Geophys., 22, 1585-1593, 2004 [ * ]
  • Liu, J. Y., Y. I. Chen, Y. J. Chuo, and C. S. Chen (2006), A statistical investigation of preearthquake ionospheric anomaly, J. Geophys. Res., 111, A05304, doi:10.1029/2005JA011333.
  • N?mec, F., O. Santoli´k, M. Parrot, and J. J. Berthelier (2008), Spacecraft observations of electromagnetic perturbations connected with seismic activity, Geophys. Res. Lett., 35, L05109, doi:10.1029/2007GL032517.

2008年12月4日

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