「はやぶさ」のこれまでの総航行距離はどのくらいか?というご質問をよく頂きます。ちょっと長めの文章になってしまいますが、以下でご説明いたします。

まず最初に、実は、この航行距離というのはあまり意味がないのです。多分、探査機を、地上を走る車のようにイメージしてその“走行距離”というものを気にされているのだと思います。地上を走る車でしたら、この走行距離というものが意味がありますが、宇宙空間を航行する探査機にとってはあまり意味がありません。それは、いったん、地球の引力を振り切って宇宙空間に放出されれば、何もしなくても太陽の周りを回ることになるからです。例えば、探査機を打ち上げるのに使われたロケットの上段が、地球引力を振り切って飛び出していった場合、何も制御はされないわけですが時間が経てば経つほど、航行距離は伸びていくわけです。(地上を走る車の場合、何もしないと止まってしまいますから、走行距離は伸びないわけですが。)

さらに、座標系の問題があります。皆さんが気にされているのは、太陽の周りをどのくらい航行したか、なのですが、これは、暗黙のうちに太陽が空間内に止まっていることを仮定しています。太陽は銀河系の中心の周り(銀河中心からの距離は約、2.8万光年)を2億年余りの周期で公転しています。この速度は、秒速220kmほどになるわけで、「はやぶさ」も、銀河中心に対してはこの速度で空間を動いていることになります。そして、その銀河系自体も宇宙空間の中を運動しているわけですから(例えば、アンドロメダ銀河と相互作用していますし、そもそも宇宙膨張に乗っているわけで)、宇宙空間をどのくらい移動したかというのは、どの座標系を考えるかによって全く異なることになります。(まあ、これは、ちょっと極端に言っていますが。)

以上のように考えると、太陽の周りをどのくらい航行したかというのはあまり意味がありません。強いて言えば、地球を止めた座標系で(=地球から見て)、探査機がどのように運動したかとか、あるいは、地球軌道から(または、太陽からと言ってもよいですが)どのくらい遠方まで行って戻ってきたかという方が意味があるかと思います。ただ、これらは、ちょっと説明がいるので短い言葉では表現できないのですが。

以上の前提のもとに、敢えて太陽の周りの軌道の経路ということで計算してみますと、単純には次のようになります。

「はやぶさ」は、まず、地球軌道と似た軌道で太陽の周りを1周します。そして、その後は、イトカワの軌道と似た軌道で、太陽の周りをほぼ4周しています。これらを円軌道と仮定して円周の長さを計算す
ると、

 半径が1天文単位の円 :1周分= 6.3天文単位
 半径が1.3天文単位の円:4周分=32.7天文単位
 合計             40 天文単位

1天文単位は1.5億kmですから、これは、大体60億kmということになります。実際には、「はやぶさ」の軌道は円というよりは楕円に近い形ですし、ぴったり5周しているわけでもないので、この数値は若干異なることにはなります。

あるいは、ざくっと次のような説明もできると思います。地球が太陽の周りを1周すると約10億kmになります。「はやぶさは太陽の周りを5周した」という表現は問題ないと思いますので、「はやぶさ」の軌道が、まあ、地球とあまり変わらないとすれば、トータルで50億kmとなる、というわけです。非常にラフな見積もりですね。

ちなみに、「はやぶさ」が打ち上がってから地球帰還するまでに、地球の方は太陽の周りを7周とちょっと動いているわけです。仮にぴったり7周だとしても、2×3.14×7=44天文単位動いていることになり、上記の「はやぶさ」よりも長い距離を動いていることになります。

確かに、「**億kmの旅をした」というと、直感的には分かりやすい(分かった気になる)わけですが、ちょっと掘り下げて考えてみると上記のようにあまり意味がないことになります。

(吉川真)