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カイ二乗検定

さて、図13,14の例で、このX線天体の強度が本当に一定かどうか、検定してみよう。各時間ビンに入るX線光子数はポアソン分布に従う訳だが、 十分に明るいので(一ビンあたりのカウント数の平均は約25)、 図15から明らかなよう に、これは正規分布で近似してよい。 よって、$N=100$ビンについて、(% latex2html id marker 5369
$\ref{eq:chi2}$)に従って$\chi ^2$を計算すると、 それは自由度100の$\chi ^2$分布に従っているはずである。しかし、この天体の「真の」 平均$\mu$と標準偏差$\sigma$を我々は知らない。限られた観測データから、それらを推定できるだけである。 観測データから求めた平均を
\begin{displaymath}
\bar x = \frac{1}{N} \sum_{i=1}^{N} x_i
\end{displaymath} (244)

として、ポアソン分布では分散は平均に等しいこと標準偏差は平均の平方根に等しい)から、
\begin{displaymath}
\chi^2 =\sum_{i=1}^N \left(\frac{x_i - \bar x}{\sqrt{\bar x}}\right)^2
\end{displaymath} (245)

という値を観測データだけから計算することができる。この新たな $\chi ^2$には、 「自由な」パラメーターは$N$個ではなく、$N-1$個である事に注意[*]。よって、 式(245)に従って計算した$\chi ^2$は、自由度$N-1$$\chi ^2$分布に従う。

計算してみると、 $\chi^2=86.18, \chi^2_N=86.18/99=0.871$となる。 ここで、$\chi ^2$分布の表(図19)と照らし合わせる[*]。 表には自由度99はないが、それほど変わらないので、自由度100の$\chi ^2$分布を見てみる。 ここには、「上側確率」の値と、それを与える$\chi^2_N$の値が書いてある。 たとえば、上側確率が0.5, 0.1, 0.01, 0.001となる$\chi^2_N$の値は、それぞれ 0.993, 1.358, 1.494である。これは、自由度100の$\chi ^2$分布において、 $\chi^2_N$が1.494以上であるような事象の起きる確率は0.001以下(非常に稀)であることを意味している。 それにたいして、現在の $\chi^2_N=0.871$という値は、「なんてことのない」値で、 自由度100の$\chi ^2$分布において普通に起こりうる。よって、 図13のライトカーブ、図14のヒストグラムで与えられる天体の時間変動は一定だと 考えてよい。

Figure: $\chi ^2$分布の表。''Data Reduction and Error Analysis for the Physical Sciences'', Bevington and Robinson (ISBN 0-07-911243-9)より。
\begin{figure}\centerline{
\epsfig{file=chi2table.ps,width=20.5cm,angle=0}
}
\end{figure}

では、図20で与えられるライトカーブの場合はどうであろうか?これは 先のライトカーブで、一ビンだけ、カウント数を15から65に作為的に変更したものである。 もし、このようなライトカーブが観測されたとしたら、これは統計的なゆらぎで起きうることだろうか? あるいは、「X線フラッシュ」[*]のような宇宙現象であろうか?先の例と同様に、平均を計算すると25.58となる。$\chi^2=141.84$, $\chi^2_N=1.432$である。$\chi ^2$分布の表と照らし合わせると、このように大きな $\chi^2_N$の値が起きる確率は、0.01以下であるが、0.001以上であることがわかる。ライトカーブ から作った$\chi ^2$が、もし$\chi ^2$分布に従うとしたら非常に稀なことが起きた、ということは、 そもそもそれが$\chi ^2$分布に従っていないこと、つまり各ビンに落ちてくるX線光子数の分布は、ある 平均値の回りの正規分布にしたがっていない(=この天体は時間変動している)ことを示唆する。

Figure:13のライトカーブのうち、1ビンだけ、カウント数を 15から65に変えたもの。平均値 25.58に横線を引いてある。
Figure:20に対応するヒストグラム。 図14と比較すると、15カウント入るビンが一つ減り、65カウント入るビンが一つ増えている。

まとめると、図20のようなX線天体の時間変動が観測されたとき、この天体の強度が 一定であると言う仮説は、危険率0.01で棄却できる(これほど稀な事は、偶然には100回に一回も起こらない)。しかし、危険率0.001では棄却できない(これほど珍しい事でも、1000回に一回は偶然起きることがある)。



Ken EBISAWA 2011-05-30