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No.262 |
第6章「ようこう」からSOLAR-Bへ:ISASニュース 2003.1 No.262 |
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新しい挑戦図6.1:SOLAR-B衛星と太陽(右が太陽光球面磁場,左がX線コロナ SOLAR-B衛星(図6.1)は,「ようこう」の科学成果を踏まえつつ,太陽物理学に新しい地平を切り拓くことをめざして開発されている。すなわち,「ようこう」が明らかにした太陽大気(コロナ)の構造とダイナミックスを,これらを規定・駆動する太陽表面の磁場・速度場の運動から根源的に理解することを目標とする。 SOLAR-Bには主観測装置として,口径50cm,回折限界分解能0.2秒角の可視光磁場望遠鏡(Solar Optical Telescope:SOT)が搭載される。SOTは宇宙空間に置かれるものとしては世界初の本格的な太陽観測用可視光望遠鏡で,太陽表面の磁場と速度場をベクトル的に精密計測することができる。さらに,X線望遠鏡(X-Ray Telescope:XRT)と極端紫外線撮像分光装置(EUV Imaging Spectrometer:EIS)も搭載され,これまでに実現したことのない高い性能で,太陽コロナ及び遷移層の高温プラズマの構造,変動,スペクトル診断を行う。これらの観測を結合して,太陽光球の磁気的な活動とコロナ加熱・コロナ活動の関連,ダイナモ機構,磁気リコネクション,太陽磁場の浮上と散逸・拡散など磁気流体力学に関連した天体物理学の基本問題の解明を目指すのである。また,太陽・地球間宇宙空間擾乱の発生・伝播と関わって,「宇宙天気予報」の予測につながる知識を集積する。 SOLAR-Bは2005年度にM-V-7号機で太陽同期極軌道に打ち上げられる予定となっている。ミッション期間としては3年以上を想定している。このSOLAR-B衛星のあらましを紹介する。
搭載観測機器の概略
1)可視光・磁場望遠鏡(SOT)口径50cm,空間分解能0.2秒角のグレゴリアン光学系の望遠鏡部(Optical Telescope Assembly:OTA)と磁場ベクトルと速度場を精密に測定する焦点面検出装置(Focal-Plane Package:FPP)とからなる。FPPには,画像取得優先のフィルタグラフ2系統(観測波長域:3,880Å〜6,700Å)と精密なスペクトル取得優先のスペクトロ・ポラリメータ系(観測波長:6,302Å)が置かれ,それぞれ2048×2048(2k×2k)ピクセルのCCDで撮像される。また,衛星姿勢のゆらぎへの対策として,FPP内のコリレーショントラッカ装置が画像の揺れを検出し,OTA-FPP間に置かれたティップティルト鏡を駆動して,画像ブレを除去する仕組みを導入している。視野は最大で320秒角×160秒角,太陽活動領域をじゅうぶんにカバーできる視野を確保している。
2)X線望遠鏡(XRT)「ようこう」の軟X線望遠鏡と同様の斜入射反射鏡でX線結像系を構成し,空間分解能1秒角,2k×2kピクセル(ピクセルサイズは1秒角相当)のCCDで太陽全面をカバーする。
3)極端紫外線撮像分光装置(EIS)スリット/スロット,及びグレーティングを用いて,極端紫外線域(波長域:170〜210Å,250〜290Å)のスペクトル線を分光撮像,高温プラズマの運動を測定する。空間分解能2秒角,スペクトル分解能22mÅ(速度分解能に換算して23〜38km/s相当)。視野は512秒角(スリット方向)×250秒角(最大スロット幅)である。
SOLAR-B衛星の構造SOLAR-B衛星は,衛星バス部の上に光学ベンチの役割を果たす筒を置き,その中に可視光磁場望遠鏡(SOT)の鏡筒部を抱きかかえ,光学ベンチの外側にX線望遠鏡(XRT),極端紫外線撮像分光装置(EIS),及びSOTの焦点面検出装置部(FPP)を取り付けた構造をしている。総重量は約900kgである。図6.2に,衛星と搭載望遠鏡の外観図を掲げておく。
図6.2:SOLAR-B外観図(衛星と搭載望遠鏡) 搭載観測機器の節で触れたが,SOLAR-Bの望遠鏡群はいずれも空間分解能が非常に高く,その分,望遠鏡各部の構造(例えば,鏡と焦点の位置)への精度要求が厳しく,わずかな変形も致命的な結果につながりかねない。また,可視光望遠鏡では太陽全面からの光をいったん望遠鏡内に導き入れて焦点を結ぶので,全般的な熱対策はもちろんのこと,万が一の場合にも強烈な太陽熱が望遠鏡や衛星を傷つけない保障が必要である。さらに,3つの望遠鏡が同一の領域を観測することがミッション目的を達成するために不可欠で,SOT及びEISの視野があまり広くないこととも相まって,精密なアラインメント要求も出てくる。これらの事情から,いきおい,衛星の構造・熱設計,姿勢制御要求が厳しくなっている。 これらの厳しい要求を満足するため,構造素材の選定,構造設計及び開発,衛星バス部機器の性能向上と開発,更には性能確認試験等を中心として,長期にわたる開発努力が続けられている。
共同プロジェクトSOLAR-Bは,「ひのとり」,「ようこう」に継ぐ第3世代の太陽観測ミッションであり,科学面で「ようこう」を受け継ぐだけでなく,組織的にも「ようこう」の形態を大きく発展させるものとなっている。 特筆すべきことの第1は,宇宙科学研究所外の研究グループの大きな貢献である。国立天文台はSOLAR-Bを自身の枢要なプロジェクトのひとつと位置付け,宇宙科学研究所のプロジェクトマネージメントと一体となって,衛星開発全般,とくに太陽観測用としては世界で初めての本格的可視光望遠鏡の開発において,主要な役割を果たしている。SOTの開発にはハワイの「すばる」望遠鏡の建設の経験がフルに活用されている。 第2に,全ての望遠鏡が米・英との共同開発であり,ミッション運用にはESAも北極域の地上局をダウンリンク局として提供することで参加するというように,かつてなく大規模な国際協力ミッションとなっている。 本稿では国際協力の詳細にまで触れる余裕はないが,「ようこう」でその威力が発揮された国際協力3原則,すなわち, 1)分野の最先端の仕事をするための国際協力であり,参加する各国がそれぞれの得意とする技術を持ち寄る 2)共同設計,分担製作を貫く。設計にあたっては,より良い観測装置を実現する立場から,互いに相手側製作担当部分にもおおいに口をはさむ 3)単一の科学チームを組織し,衛星運用からデータ解析,研究,論文執筆にいたるまで,共同作業として取り組む を堅持し,SOLAR-Bから最大限の科学成果を引き出すことができるようにしたいと考えている。 余談となるが,上記の第2項目に関しては,とくにアメリカとの関係において,「ようこう」時代と比べて,しだいにその貫徹が難しくなってきていることを率直に指摘しておきたい。すなわち,国家としてのアメリカが“技術安全保障”,“知的所有権保護”にうるさくなってきており,技術情報開示に制限を設ける例が増えてきている。基礎科学の分野でさえ国際協力の障害が増大しつつあるのである。障害を減らすよう努力を継続するとともに,我が国自身が幅広い技術基盤を確立しなければならないことを痛感している。
今後のスケジュールSOLAR-Bは,2001年度にプロトモデル電気インタフェース試験,2002年の暮れまでに構造モデル試験,熱モデル試験を終え,今後この結果をフライトモデルの設計に反映させつつ,2003年いっぱいをかけてコンポーネント,サブシステムの製作を進めることとなっている。 2004年早々からはいよいよ秒読みに入る。一次噛み合わせ試験,総合試験,フライトオペレーションまで,日程はびっしりと詰まっているが,ここまで来ると一日も早く感激のファーストライトを迎えたい。開発チーム一同,さらに気を引き締め,遺漏なく開発を進めていくつもりである。 (小杉 健郎) |
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