宇宙輸送のこれから(1)
- これからのはじまり -
稲谷芳文
M-Vロケットは1号機の打上げを無事に終え,現在次の火星ミッションの準備に余念のないところですが,できてしまえば次のことを考えてしまうのは,自転車をこぎ続けていないと倒れてしまうのが恐ろしい貧乏性の悲しい性です。勿論M-Vでこれから続く新しいミッションや,ロケットの能力向上のための仕事はきちんとしなければいけませんが,次の時代のことを考えるために「宇宙輸送のこれから」と題して連載をしばらく続けます。
いま20世紀の終わりを迎え,ロケットを用いて宇宙へものを運ぶ仕事は,個別の技術要素の研究開発は別として,一つの転換期を迎えていると言われています。これはこれまでに完成を見た多段式のロケットを次々に捨てながら衛星を軌道に投入するという従来のやり方から,ちょうど次の1000年が始まることでもあるし,何か質的な転換が図れるのではないか,というものです。この動機はもう少し具体的に言うと第一には輸送コストをもっと大幅に下げたい,宇宙へ行くのにお金がかかりすぎるから,というものです。宇宙研のように科学研究のための輸送に経済性を持ち込む話は少し横におくとして,宇宙にものを運んでする仕事で今商売として成り立っているのは,電波を広く薄くばらまいて行う通信や放送や航法といった分野で,1000円とか2000円とかのお金を広ーく集めることで今の輸送コストでも商売になっているわけですが,これが宇宙を使ってする仕事の全てという事では,この先新しいロケットを作る元気も出ません。この意味で輸送手段のことを語るには何を運ぶかという議論と裏腹なのですが,やはり21世紀に向かって考えるとすると,一般の人がもっと簡単に宇宙に行けるようになるとか,宇宙に大規模な構造物を作るなどといった質的に異なった輸送の場面を考えないと子供に夢を語るのも難しくなってしまいます。
この先の10年とかの範囲では今のロケットのコストを半分とか何分の一とかに下げて通信や航法のための衛星をいっぱい上げる,などという仕事のために低価格化の努力や競争がされていますが,新しい時代の質的に異なる輸送の場面を現実のものにするためには,一桁とか二桁とかの輸送コストの低減が必要と言われます。前者の目的には今までの古いシステムを改良したり大量生産したりということで何とかなりそうですが,桁の違う話にはたどりつけそうにありません(例えばM-Vを小さな観測ロケットの値段で打つようなものです)。この辺の話から「今の使い捨てロケットの限界」から「再使用型のシステム」へという話が出てきます。
第2には技術の話です。クルマでもヒコーキでも動くものの性能を革新するにはまずエンジンから,とは当然のことです。原子力推進や反物質推進など「超」のつく未来の話もあります。工学的に現実的な化学反応による推進での一つの解は,ロケットの酸化剤を大気中から取り込むことで性能向上を図ろうとする,いわゆる空気吸い込み式エンジンです。スペースプレーンと呼ばれる,飛行機のように飛び立ってまた帰ってくるという形式にこれを使おうということで,エンジンの研究やこれを載せた機体システムの研究がなされています。もう一つは機体を構成する材料についてですが,複合材などの新しい材料の全面的な採用によってポテンシャルとしては金属材料を使う場合に比べて30%の軽量化が図れます。勿論どの推進機関を採用するにしても軽量化は性能向上に直結します。このメリットが十分に使えれば,現在のロケットの性能またはノズルの工夫などの少しの性能向上でロケット推進によって単段式でどこも捨てなくてよいシステム(SSTO; Single-Stage-To-Orbit といいます)が構成できるというのがもう一つの主張です。